「高すぎて、売れない」。少なくとも、営業はそう思った。1997年、ニチバンが発売した救急絆創膏「ケアリーヴ」は、競合商品より100円以上も高かった。それでも27年後に業界トップが入れ替わるという驚くべきことが起きる。何がそれを可能にしたのか。発売当初から営業に携わってきた富田英樹さんは「この商品は、説明すればするほど、かえって伝わらない。ならば、体験してもらうよりほかはないと腹を決めた」という――。(後編/全2回)

売れないものを売るしかない

「こんなの、本当に売れるんですか」

1997年。ニチバンの営業会議では、そんな声さえ上がったという。発売当初、競合品より1箱当たり100円以上も高価な絆創膏「ケアリーヴ」。Mサイズ30枚入りで、希望小売価格480円。しかも「値下げはナシ」と社内号令がかかる。それは価格競争を走り続けてきた営業部員にとって、“あり得ない条件”でもあった。

当時、日本の絆創膏市場は年間約100億円規模で、その大半を数十円〜200円台の商品が占めていた。薬局の棚に並ぶ絆創膏は王者「バンドエイド」を筆頭に、どれも似たような形と色。差別化は難しく知名度が優先され、営業の現場では値引き前提の商談が当たり前だった。

「私も正直、売れる気がしませんでした」

ニチバン名古屋オフィスで、その頃営業の最前線にいた富田英樹さん(54歳/現・ニチバン執行役員)は、そう振り返る。

「ですが、断然“モノはいい”。3年かけて開発した『ケアリーヴ』は、明らかに従来の絆創膏と使い心地が違いましたから」

水に強く、はがれにくい。それでいて、はがすときは痛くない。通気性が高く、ムレにくい。関節の曲げ伸ばしにも、ぴたりとフィットする。新素材の「高密度ウレタン不織布」に、ニチバンが長年培ってきた粘着技術を掛け合わせた科学と執念の結晶だった。

だからこそ、コストはかかり、単価も上がった。

「値段が高い商品は、薬局の棚に置いてもらえない。たとえ置いてもらえても、売れない。売れなければ、次はありません」

しかも、今回は値下げ交渉禁止である。

「ですから、営業の発想を変えざるをえませんでした」

「ケアリーヴ」シリーズを長年率いるニチバンの富田英樹さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「ケアリーヴ」シリーズを長年率いるニチバンの富田英樹さん

まず「使ってもらう」という選択

富田さんたち営業部員は考えた。この新商品は、説明すればするほど、かえって伝わらない。ならば、体験してもらうよりほかはない。そうだ、ドラッグストアや薬局の店員や薬剤師さんたちにサンプルを渡して、配ってもらおう――。

まずは、従来品の営業をしながら、商談の最後にこう切り出した。「新商品ができまして。よかったら一度、使ってみてください」。商品をじかに触ってもらい、指に貼ってもらう。

「すると、次に営業に行ったときに言われたんです。『使ってみたけど、あの絆創膏いいね』と。すかさず、追加でサンプルを渡しました」。次第に複数の店から、「アレいいですね」と反応が出始めた。

当時、絆創膏の営業は派手な販促とは無縁だった。大型什器もなければ、イベント企画もない。やることはひたすら地道な店舗訪問である。

ドラッグストアに足を運ぶ。挨拶をする。売り場の棚をチェックする。少し整える。そして挨拶し、また訪れる。そんなルーティンに、毎度「ケアリーヴ」のサンプルを渡した。その結果、店員や薬剤師との会話は、想像以上に広がったという。

「自分で使っちゃいました。あかぎれひどいんで」
「朝、顔を洗うときまで、指に貼ってたこと忘れてました」
「お客さんに差し上げて、ものすごく喜ばれましたよ」