年収は第1子出産後の2.3倍に

グロービスを卒業した翌年、岡野さんは営業企画部門の管理職に昇進。学んだことを生かしてマネジメントしたい、チームを率いて成果を出したいという思いから、上長にはずっと「管理職になりたい」と言い続けてきた。その希望がかなったのだ。

それまで昇進スピードの面では同期や中途採用者に後れをとっていたが、入社16年目にしてついに彼らと同等のポジションに。ここから快進撃が始まった。

今年人事部長になった岡野さんは「自分が経験した葛藤を、後輩が感じなくてすむようにしたい」と話す
撮影=プレジデントオンライン編集部
今年人事部長になった岡野さんは「自分が経験した葛藤を、後輩が感じなくてすむようにしたい」と話す

トップダウン型の管理職ばかりの中、岡野さんは部下の成長や成功を支援する「サーバントリーダー」というマネジメントスタイルでチームを先導。コロナ禍によって従来の営業手法が変化を迫られる中、スイス本社も含めてグローバルでデジタル営業変革を成し遂げ、高い評価を受けた。

「社内では異質なマネジメントスタイルだったので、最初は皆けげんそうでした。でもそのうちに、君のチームは全員楽しそうに働いてるよね、チャレンジマインドがすごいよねって言われるようになって。すごくうれしかったですね」

その後ポジションはとんとん拍子に上がり、やがて年収は第1子出産後の2.3倍に。それに連れて、夫の「働かせてあげている」という感覚も段々と変わっていった。岡野さんの権限が広がっていくのを目の当たりにして、妻が対等の存在であることに納得し始めたのだ。

今では、夫は手伝いを超えるレベルで家事育児をこなしてくれているという。過去の自分の姿勢について、「よくなかったね」と言ったこともあった。

「少しずつでも着実に学んで、反省したら変えてくれるのが彼のいいところ。やっと“手伝う”じゃダメだとわかってくれたみたいです」

キャリアを尊重し合えるようになった今、岡野さんは夫との関係を「お互いに変化するパートナー」と表現する。笑いながらそう言えるのも、無理解の壁を乗り越えて対等に助け合えるようになったからこそだろう。

自分が経験した葛藤を感じなくてもいい会社にしたい

今後は人事・広報統括部の長として、社員がより前向きにチャレンジできる環境を整えるとともに、多様な人材が管理職に挑戦する選択肢を当たり前にしたいと意気込む。一例として、2025年のネスレ ヘルスサイエンス内の部長ポジションの女性比率を約15%から、2026年には約40%になる配置を行った。持続的に成長する組織づくりのための研修制度にも今まで以上に力を入れていくという。

「女性の中には、夫に私と同じことを言われる人はまだいるんですよね。『ただ普通に働きたいだけなのに』というモヤモヤした気持ちを、誰も感じなくて済むようにしていきたいなと思っています」

葛藤を力に変え、逆風を受け流して、ようやく夫と同じ「普通に働く」を手にした岡野さん。あきらめずに前進した先に広がる景色を、これからも見せ続けてくれるに違いない。

辻村 洋子(つじむら・ようこ)
フリーランスライター

岡山大学法学部卒業。証券システム会社のプログラマーを経てライターにジョブチェンジ。複数の制作会社に計20年勤めたのちフリーランスに。各界のビジネスマンやビジネスウーマン、専門家のインタビュー記事を多数担当。趣味は音楽制作、レコード収集。