「の」「と」をめぐる論戦が繰り広げられた

例えば、前文の「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し」という一節の「わたつて」について、こんな質疑応答(衆議院 帝国憲法改正案委員小委員会 昭和21年7月26日 帝国議会会議録検索システム 国立国会図書館 以下同)が展開した。

【佐藤(達)政府委員】「わたつての」ではありませぬか
【高橋(泰)委員長代理】内容はさうなりますね
【犬養委員】「わたつて」を使へば「の」でせうね
【廿日出委員】「日本國全土に及ぶ」とへば一番氣持が好い
【大島(多)委員】僕は「わたつて」で宜からうと思ふ、「わたつて」と云ふのは「確保」を修飾して居ると云ふことになる
【犬養委員】(中略)「成果と惠澤とを國全土にわたつて」と云ふやうになる
【林(平)委員】「確保」と云ふのは二つに掛る意味ですか、「成果」と「惠澤」と……
【江藤委員】「確保」はさうでせう
【林(平)委員】それでは「惠澤とを」の「と」はなくて宜いでせうね
【佐藤(達)政府委員】今の「と」の御話は、「惠澤と」の「と」ですか
【林(平)委員】さうです
【佐藤(達)政府委員】(中略)此の草案の行き方は何と何と云ふ場合、後の「と」は使ひませぬで……

「源氏物語のような憲法」という指摘

法律論議というより助詞の「の」「と」をめぐる論戦。「わたつて」には「の」を付けたほうが正確になるが、「の」が付くと、それは「自由」を限定的に形容してしまう。「わたつて」なら「確保」につながるが、実は「確保」はその前の「諸国民との協和による成果」をも受けており、ならば「恵沢を」は「と」を挿入して「恵沢とを」と直すべきだが、法制局のルールでは並立するふたつめの言葉には「と」を入れないので、「成果」のほうを受けにくくなる。間違いのないように英語の草案を遂語訳しているのだが、それがアダとなって確保する内容が欠落するようなのだ。

之を讀みますると、まことに冗漫であり、切れるかと思へば續き、源氏物語の法律版を讀むが如き感がある

(衆議院 本会議 昭和21年6月26日)

源氏物語のような憲法。鈴木義男議員がそう指摘したように、草案は何度読み直しても意味がわからない冗文として批判された。だらだら続く文章が「牛のよだれ」(同前)のようだ。翻訳臭がする。さらには「厳粛な信託によるもの」「原理に基くもの」などと「もの」が多すぎる。「委ねる」ばかりで自主性がない。品位がない。滑らかさや明るさに欠ける。泣き言のようだ……。中でも厳しかったのは「誤訳」ではないかという指摘である。例えば、第14条の文章。