通信・プリンティングや家庭用ミシン事業を手がけるブラザー工業は、海外売上比率が8割を超えるグローバル企業である。そのため世界経済変動の影響を受けやすいのだが、逆風のときには守りに徹し、追い風のときには果敢に攻めて、事業構造を大きく変革してきた。この成長を導いてきたのが、小池利和会長である。独特の戦略の考え方について聞いた。
撮影=永谷正樹
複合機、プリンターなどの通信・プリンティング事業はブラザー工業の中核事業である。ブラザーミュージアムにて。

コロナ禍で心配なのは、社員の意識

——コロナで世界経済がダメージを受けています。影響をどう見ていますか。

【小池】弊社はグローバルに事業を展開していて、海外の売上比率が約8割と高いので、世界各地に広まっているコロナ禍の影響は、いろいろとあります。世界経済が回復するまで時間がかかるでしょう。売り上げがいったんは落ち込むことも想定しています。

ただ、メインの通信・プリンティング事業は、製品を販売した後も、インクやトナーなど消耗品の売り上げが継続して見込めるので、これが下支えになってくれます。手元の資金も潤沢にあります。ピンチではあるけれど、商品を売ってそれでおしまいというビジネスなど比べると、厳しい状況にはならずに済むとみています。

心配なことといえば、社員の意識でしょうか。1990年代に一時業績が厳しかった時代を経験した社員も少なくなりました。好決算が続き賞与も安定してもらえる状態が続いていると、どうしても人の心は緩んでしまう。危機を乗り切るときに、人心が一つにならないと、うまくいかないものです。

今はむしろ、成長分野へのチャレンジを加速

——社長に就任された2007年は売り上げ約5700億円。それが翌年(08年)はリーマンショックの影響で約4800億円まで落ち込みました。その後はⅤ字回復されていますが、いまのコロナ禍と当時ではどう違いますか。

【小池】リーマンショックのときは、防衛戦が中心で、売り上げが激減した事業への対応なども追われました。攻めの計画を立てるようになったのは、数年経ってからです。

今回のコロナ対策は、現社長に任せており、会長の私は見守る立場ですが、当時と大きく違うのは、成長分野へのチャレンジは手を止めるどころか、加速させないといけないことです。数年前にブラザーが成長分野と位置付ける事業にかなり人員をシフトしました。社員たちは未知のことに直面し苦しんでいますが、苦しみは勉強になるからいい、挑戦して失敗しろ、と口酸っぱく言っています。なんとしても、成長分野である産業用領域を大きな柱に育てていかなといけない。