鮮魚店経験者はほとんどいない
新規参入組であるマルカマには鮮魚店勤務経験者はほとんどいない。その経営方針に共感した魚好きが集まって力を出し合って運営している。仕入れ、魚さばき、値付けなどの全般を指導するのは、元水産庁職員で「魚の伝道師」の異名を持つ上田勝彦さんだ。すり身揚げは「小さな手間の集積体」であり、手間を惜しまずに素直に作れば美味しく仕上がるのだと語る。
「すり身揚げの要件は3つです。1つ目は、あの弾力を何で作るか。冷凍のタラのすり身を入れたり、砂糖を加えることで弾力を出す方法もありますが、味は落ちます。2つ目は、片栗粉などのつなぎをどの程度入れるのか。まったく入れないとバラバラになりますが、入れすぎると単なるかさましの材料になります。3つ目は、やはり魚の種類です。すり身揚げは1種類ではなく、複数の種類の魚を入れることが奥行きのある味になるのです」

刺身で食べられる鮮度の天然魚の端材をふんだんに使い、添加物や不必要なつなぎは入れないマルカマのすり身揚げ。まさに小さな手間の集積体だ。来店する客もその愚直な姿勢を求めている人が多いと感じる。
適正な価格で売るには「いいものを作る」だけではダメ
カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)ができるまでの工程を一貫管理して製造するスタイルをBean to Bar(ビーン・トゥ・バー)と呼び、その板チョコは1枚2000円程度が普通だ。コーヒーのシングルオリジン(生産国ではなく農場単位でコーヒー豆の品質を評価する)と似たような考え方で、コショウなどの安価に大量生産されがちな食品にも広がってきている。

ビーン・トゥ・バーやシングルオリジンは口先だけでは成り立たないし、「いいものを作れば売れる」ほど市場は甘くない。高品質の商品を作るためには素材を供給してくれる産地との共存共栄が不可欠で、工程を含めたストーリーをしっかり伝えられるか否かが適正な価格で売るための鍵となる。
魚を通じて産地と消費地をつなぎ、魚のすべてを無駄なく活かすという理念をスタッフ全員が共有しているマルカマ。だからこそ、「魚のビーン・トゥ・バー」であるすり身揚げは1枚250円でも売れるのだ。
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。