この45年ほどで日本の鮮魚店は5万店超から1万店を切るまでに激減している。街から鮮魚店が消え、消費者が一般的なスーパーで手にできるのは限られた魚種の切り身か冷凍もの。魚の知識を教えてもらう機会もなくなった。そんな状況に一矢報いたいとの志でオープンした鮮魚店が鎌倉にある。ライターの大宮冬洋さんが取材した――。

市販品の4倍で売れても無理には作らない

魚のすり身揚げが1枚250円。ちょっと高めの居酒屋メニューにはありそうだが、これは小さな鮮魚店の商品だ。そして、並べると次々に売れていく。

ここは鎌倉にあるサカナヤマルカマ(以下、マルカマ)。すり身揚げは週末には1日で50枚も売れて材料がなくなることも珍しくないらしい。10分に1枚のペースで売れる商品なのだ。

鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ」のすり身揚げ。魚の味がはっきりわかり、後味も良い人気商品だ
鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ」のすり身揚げ。魚の味がはっきりわかり、後味も良い人気商品だ(写真提供=サカナヤマルカマ)

筆者の近所にある食品スーパーでは4枚入りのさつま揚げが230円で売られている。マルカマのすり身揚げとは大きさが少し違うけれど、単純に比べたら約4倍の価格差。いったい何が違うのだろうか。

「すり身揚げが売れるから作っているわけではありません。魚のすべてを無駄なく活かすことがうちのポリシーの1つなので、すり身揚げは丸魚の最後の出口という位置付けです。刺身の端材とか筋が多い部位などを冷蔵庫にためておいて使っています」

人気商品の意外な背景を教えてくれるのはマルカマで企画・広報を担当している狩野真実さん。すり身揚げ用に安い魚を仕入れているわけでないのだ。

マルカマは遠く鹿児島県阿久根市などからも刺身で食べられる鮮度で魚を輸送している。当然ながら運賃はかさむ。そして、すり身揚げには魚以外には野菜と卵と少量の調味料しか入れない。

「魚価も上がっているので、250円では利益があまり出ないぐらいです」

安さと利便性の追求によって行き着いた魚売り場の現状

ここで2023年4月にマルカマが新規開業した経緯について少し書いておきたい。鎌倉といっても、マルカマがあるのはいわゆる観光エリアではない。今泉台という高台の住宅地であり、JR大船駅からバスに20分ほど乗らなければたどりつけない。キレイな一軒家が多い住宅地だが、商店街は空き店舗が目立ち、車の運転ができない人は買い物難民化しかねない。

大学卒業後の15年間はアパレル業界にいた狩野さんは結婚して鎌倉に移り住み、編集者の夫と共に「○○と鎌倉」という地域間交流プロジェクトを思いつく。鎌倉市と日本各地の地域との交流を促すもので、その一つが地域の基幹産業である水産業の後継者不足や販路開拓に悩む鹿児島県阿久根市だった。

マルカマの運営主体「鎌倉さかなの協同販売所」の代表でもある田島幸子さんは今泉台の元町内会長。水産業界とは無縁だったマダムだが、「住み続けたい場所をつくるのは自分たち住民!」という意思でマルカマの開業に加わった。良質な漁場を持ちながらも販路開拓などの問題を抱える生産地(阿久根)と美味しい魚を食べたいけれど手に入れにくい消費地(鎌倉)の地域課題を持ち寄って解決することがマルカマの主眼なのだ。

「安さと利便性を追い求めた結果が、今の水産業界の状況をつくってしまったのだと思っています。例えば、一般的なスーパーには限られた魚種しか並ばなくなりました。それでいいの? という問題提起の一つがサカナヤマルカマだと思っています」