法律があっても家族の「名誉」が何より大事という価値観

ハーメルンの大乱闘という事件は彼らの「価値観」をよく表しているものだと言えるでしょう。逮捕された兄を勝手にパトカーから引っ張り出そうとした弟も、家族が逮捕されたと聞きつけるやいなや裁判所に押しかけた大家族も、怪我を負った家族の情報を受け病院に大勢で押しかけたことも、そして行った先々でアグレッシブな行動をとったことにも、彼らなりの言い分があります。

それは「家族の名誉が大事だから、家族の誰かが攻撃されたら、皆で助けに行く」というものです。しかしそれはあくまでも彼らの考え方であり、法治国家であるドイツの一般的な考え方とは相容れないものです。ハーメルンの件について、そもそもモハメッドがなぜ逮捕されたのかといえば、ガソリンスタンドを襲撃したからです。しかし大家族の論理では「逮捕はドイツの国家による攻撃」という解釈なのです。

大家族にはイスラム教徒が多いが、宗教対立とはくくれない

大家族の多くはイスラム教徒です。もともとキリスト教徒が多く、キリスト教的な価値観がスタンダードだとされているドイツで、大家族は宗教的にマイノリティーであり、そのことが対立を生んでいるという見方も一部にあるものの、専門家によると核となる原因は別のところにあります。

かねてより不遇な立場におかれトルコにいた頃もレバノンにいた頃も常に「国家や権力」への不信感を抱き続けてきたマラミエ・クルド人にとって「家族の結束」が何よりも大事であり、家族独自のルールのもと生活してきました。残念ながら彼らはドイツに来た後も「ドイツの法律や社会秩序よりも、自分たち家族の結束、家族の名誉のほうが大事」と考える傾向があります。

そういった中で、大家族の一部はドイツの警察官や司法関係者への暴言を当たり前だと思っているフシがあるのです。これはもはや「話し合いで何とかなる」次元のことではないため、ドイツでは政治家をはじめ司法関係者や警察関係者、そして、もちろん一般市民が頭を悩ませているのです。

人の「価値観」を変えるというのは簡単なことではないため、問題の解決へのハードルは高く、これからも長い道のりが予想されます。今ドイツは「問題を直視する」という第一歩を踏み出したばかりなのです。

(※1)別の苗字との混同を避けるため、本記事では氏族の苗字をカタカナではなくローマ字で記載しています。
(※2)クルド人は昔から中東の様々な地域に住んでいます。ドイツで問題になっている「大家族」はトルコの南東アナトリア地方のマルディン県にルーツがあり、ドイツのメディアではMhalllami-KurdenまたはMhallamiye-Kurdenという書き方がされています。本記事ではその直訳である「マラミエ・クルド人」を使っています。
(※3)参考文献:書籍Die Macht der Clans – Arabische Großfamilien und ihre kriminellen Imperien(Deutsche Verlags-Anstalt, Thomas HEISE, Claas MEYER-HEUER)

サンドラ・ヘフェリン(Sandra Haefelin)
著述家・コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)、『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)、『ほんとうの多様性についての話をしよう』(旬報社)など。新刊に『ドイツの女性はヒールを履かない~無理しない、ストレスから自由になる生き方』(自由国民社)がある。 ホームページ「ハーフを考えよう!