「ハーメルン窓外放出事件」という名で事件は有名に

この一連の大騒動を受け、翌日から警察は捜査班を立ち上げます。その名もErmittlungsgruppe Fenster、日本語に訳すと「捜査班 窓」です。なぜ「窓」なのかというと、この大騒動はガソリンスタンドで強盗をしたモハメッドが裁判所の7階の「窓」から逃亡を試みたことが発端だからです。「ハーメルンの窓外放出事件」(ドイツ語:Der Fenstersturz von Hameln)とも呼ばれるこの事件は「大家族による犯罪がドイツの司法や警察の手に負えないものである」ことを浮き彫りにしました。

それというのも大家族の一人がドイツの法に触れる行為で警察に捕まると、大家族が何十人、時には何百人もの家族を動員し現場に向かい暴動を起こすからです。言ってみればこれは「それまでドイツにはなかったタイプの犯罪」です。しかもドイツの警察はそうでなくても慢性的な人手不足です。

ドイツの法律は「家族ぐるみの犯罪」を想定してなかった

ドイツの法律では「犯罪を起こすことを目的に組織を作り自主的にグループに加わること」は捜査対象となりますが、そこに「家族」は含まれません。このことがドイツの警察の捜査を難しくしているのです。例えば犯罪が疑われる時、それが犯罪目的で作られたグループの事務所や居住地であれば、警察が疑わしい人の携帯電話や住居を盗聴することについて検察庁が許可を出しますが、これが「家族」の場合は法律の壁があり、なかなか許可が出ないのです。ドイツの法律は「家族が一体となって犯罪に走る」ようなケースを想定していませんでした。「大家族による犯罪」はドイツの司法のいわば「想定外」だったのです。そしてこのことが大家族による犯罪の抜け穴になっているのです。

ドイツでは長年、こういった凶悪犯罪が大家族によるものだということが知られていませんでした。その背景には、同じ大家族であっても、例えば父親はレバノン国籍、叔父はトルコ国籍、息子がドイツ国籍で、いとこは国籍不明者といった具合に「それぞれの国籍が違う」ケースが多々見られたため、国籍別のデータは把握できても、彼らが実は同じ民族で同じ大家族に属することを長年ドイツの警察や司法関係者が把握できていなかった、という点が挙げられます。

ドイツでは「差別につながるのではないか」という懸念から犯罪の統計について民族別のデータを記録しておらず、またドイツのメディアも民族に触れることには慎重な姿勢でした。しかし近年、無視できない規模の犯罪が数多く起きるようになってから、ドイツのメディアも「大家族の苗字」や「民族的な背景」について報じるようになりました。もちろん「大家族の中で犯罪に関わっていない人も多くいること」は知っておかなければいけません。しかし「差別につながるのではないか」という懸念から様々な対策をしてこなかった結果がこのありさまなのですから、ドイツでは今「問題を直視しよう」という動きが強まっています。