氏族性ベースの自治制から、君主が国民を統治する形に
当時の中国には、それぞれの地域に氏族制をベースにした「マトリョーシカ型のピラミッド構造」があった。国を支配する君主といえど、国の末端のことはわからない。大小のローカル権力者が各地で重層的に存在し、一般庶民を支配していた。そのため、国が庶民の動員を必要とするなら、ローカル権力者の協力が必要だ。ある地域で罪を犯す者が出れば、基本的にはその地域のローカル権力者が罰を下すことになる。
法家の「平等性」とは、このようなピラミッドをすべて潰すことを意味する。ローカル権力者を認めず、秦全土でまったく同じ法を布き、公族、王族、貴族でも、土地の有力者でも、一般庶民でも、ルールの違反者には身分を問わずに一律の罰を下す。唯一の例外は君主本人ただひとり。「法の下の平等、ただし君主は別格」ということだ。
男子がふたりいたら次男は家を出る、違反すると税が2倍に
具体的に変法の中身を見ていこう。その目的は、「氏族からの個人の“解放”」と、それを通じた「君主権の拡大」である。
前者でまず挙げるべきは「分異の令」だ。ひとつの家にふたり以上の男子がいる場合は、次男以下を家から追い出し、分家させなければならない。この時代、親戚同士の家族が同じ家に一緒に住み、集落では複数の一族が集まって共同生活をして、集落ごとにそれぞれ独自の秩序を形成していた。これを壊し、祖父・祖母・父・母・長男の5人を1ユニットにする単婚家族を強制的に作らせたのである。
『キングダム』1巻の冒頭、戦災孤児の信と漂が下僕として預けられていた家族が出てくる。里典(集落の長)の家父、妻、そして息子。描かれていないが、祖父母がいるのかもしれない。このような単婚家族が商鞅の変法下での基本単位である。もし、あの家族に次男が誕生し、結婚したら、分家して別の家族を作らなければならない。この分異の令を破ると2倍の税を課された。
分家をするときは国が指定する土地に行かなくてはならない。それまでの馴染みの場所からはるか遠く離れたところで生活していくことになる。家族や宗族といった、氏族制のネツトワークから個人を分断することが、分異の令の目的なのだ。分かれた後は、もとの家族との関わりは極力少なくなるよう設計されている。
しかも斡旋先は、敵国から奪ったばかりの土地であることも珍しくなかった。『キングダム』23巻で、秦は魏の将軍・廉頗を破り、奪い取った山陽の地を東郡と改名し、住民を移住させたことが描かれている。この描写は正しい。新住民は文字通り開拓民で、ここは秦王の直轄地となり、税も秦王のもとに入る。
さらに、昔から住んでいる土地でも移住先でも、地域共同体は「什伍の制」で再編成された。これは、なんの縁もゆかりもない5家族を集め、1組として編成するものだ。構成員である5家族は、不正をする者はいないか、国家反逆を企てる者はいないか、組の中で相互に監視し合う。組内で悪事があれば、実の親であろうと告発しなければならない。