街の小さな自転車店からプロショップへ

サイクルベースあさひの始まりは、1949年に創業者の下田順次氏が大阪市内で始めたおもちゃ店「旭玩具製作所」だ。三男の下田進氏が1975年に自転車店にシフトチェンジした。

10坪ほどの小さな店で、1階で自転車の販売やメンテナンスを行い、2階は家族が住む、といった規模感だったという(※3)。当初は苦戦したが、「毎日少しでもファンをつくる」(※4)を目標に掲げてお客とのコミュニケーションとサービスに力を入れ、次第に地域の評判店になっていった。

1980年代に入ると、格安の自転車が大々的に売られるようになり、その価格競争に個人店ではなかなか太刀打ちできなくなった。そこで、自転車の愛好家・競技プロ向けのプロショップへの路線変更に踏み切った。1985年には「サイクルベースあさひ」に商号変更している。

自転車店として、ターゲットを一般層からマニア層へ変え、プロショップになることで成功したサイクルベースあさひだが、自転車の魅力を熟知するからこそ、その当時の「安かろう悪かろう」が当たり前だった一般自転車に歯がゆさを覚えたという(※5)。自転車の低価格化が過剰に進み、すぐ壊れてしまうような低品質で、使い捨て感覚で粗末に扱われ、放置自転車の増加が社会問題にまでなっていた。

駐輪場に並んだ自転車の車輪
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです

2004年にジャスダック上場、2007年には東証一部上場

そこで、下田進氏は、一般ユーザーにも自転車をもっと大事に、長く楽しんでもらえるように、高品質な自転車を広く届けたいと考え、マニア層から一般層まで、すべての自転車ユーザーをターゲットにした大型店舗を1989年に出店した。これが好評を博したため、1990年代から多店舗展開を進めていった。

自転車メーカーの減少によって、自転車の商品の選択肢が減ってきたことを受け、1990年代中頃からは自社プライベートブランド(以下、PB)の開発をスタートした(※6)。2004年にジャスダック上場、2007年には東証一部上場と、「自転車店」としては世界でも稀に見る株式上場を果たした。これは、企業として知名度と信頼性を高め、若い優秀な人材を集めることで、更なる成長を目指すためである(※5)

サイクルベースあさひは、東日本・西日本のサプライチェーン(物流網)を整備し、自転車の企画・製造・販売を自前でコントロールするSPA(製造小売業)に進化を遂げていき、「自転車業界のユニクロ」と呼ばれる存在になっていった(※4)。2012年からは、次の世代の下田佳史氏に経営がバトンタッチされ、スポーツタイプの自転車の普及を加速させるなど、さらなる成長を進めている。