「児童手当は一律がいい」理由

【桑田】多子優遇を推奨する人たちは、どういう社会を想定しているんでしょうね。

藤波匠『なぜ少子化は止められないのか』(日経プレミアシリーズ)
藤波匠『なぜ少子化は止められないのか』(日経プレミアシリーズ)

終戦直後の子だくさんの時代? でも、女性も外で働くことが当たり前の時代に、3人も4人も生むことを期待されても、応えられる人は少ないわよ。それよりも、第1子にたどり着けない人たちを支援する視点も重要ということじゃない?

【藤波】こうしたこともあるから、私は、児童手当は一律でも良いと考えているんだ。すべての子どもを分け隔てなく国が支援するというスタンスを示す意味も打ち出しやすい。特に財源が少ないうちに傾斜をつけると、第1子への支給が少なすぎて、出生意欲を高めるインセンティブとはなりにくい感じにならないだろうか。

児童手当が高額すぎる場合のリスク

【桑田】私が傾斜配分以上に気にしているのは、あまりに高額の児童手当を配ってしまうと、特に若い母親の労働参加率を押し下げてしまうこと。正規雇用で働く女性が第1子を生んだとき、児童手当が潤沢に支給されることによって、子育てに専念するよう仕事をやめてしまうことはないかしら。就労のインセンティブが、高い児童手当によってそがれてしまうかもしれない。

【吉野】僕はより根源的な問題が気になるよ。現金給付は多いに越したことはないけど、その財源確保のために増税や社会保険料の引き上げを安易に行えば、景気の下押しにつながる可能性がある。景気の悪化は、立場の弱い人たちの賃金や雇用環境に悪影響を与えやすいということ。そして、立場の弱い人たちこそ、若年層や非正規雇用で働く人たちであり、その多くが結婚・出産期にある人たちということになる。これは、バブル崩壊以降の日本の最も重要な教訓だよ。税や社会保険料の引き上げは、慎重に行うことが必要だ。

【桑田】あと、増税や社会保険料の引き上げによって児童手当の財源を確保する場合、結婚は希望しているけれど、自らの経済・雇用環境の状況から結婚することが難しいと考えているような人たちにとっては、さらなる逆風となることも懸念される。藤波さん、非正規雇用で働く女性などでは、結婚はしたいけれどあきらめてしまっている人たちが相当数いるというようなことをよく言ってるじゃない。そうした人たちにとってみれば、負担ばかりが増えていく形となる。

【藤波】現金給付の財源を確保するために大きな増税や社会保険料の引き上げを行えば、経済環境の悪化や賃金の引き下げを通じて、少子化に拍車をかける懸念がある。さらに、負担増から結婚をあきらめるような人が増える可能性も否定できない。

遮二無二児童手当を増やすことを考えるよりも、さっき吉野さんも言っていた通り、より根本的な対策ともいえる若い世代の賃上げや雇用の強化に力を入れていくべきということなんだろうね。

藤波 匠(ふじなみ・たくみ)
日本総研上席主任研究員

専門は人口問題・地域政策、および環境・エネルギー政策。1992年、東京農工大学大学院を修了後、株式会社東芝に入社。東芝を退職後、1999年にさくら総合研究所(現在の日本総合研究所)に転職。現在、日本総合研究所調査部に所属。途中、山梨総合研究所への5年間の出向を経験。2015年より上席主任研究員。著書に、『「北の国から」で読む日本社会』『人口減が地方を強くする』『地方都市再生論』(いずれも日経出版)がある。