加齢でも言語能力は衰えにくく、体力も向上している
そもそも、シニアの能力が一方的に衰えていくという見方に根拠はあるのか。加齢と能力の関係を説明する有名な論文に、知能を結晶性知能(crystallized intelligence)と流動性知能(fluid intelligence)に分類したものがある。
結晶性知能とは、言語能力など長年の経験によっていう蓄積していく知能であり、加齢によっても衰えにくい。他方、流動性知能は処理のスピードなど、新しい環境に対応することに適した能力であり、若い時にピークとなり、その後は低下していく。このように当初の研究段階では、シニアにとっては流動性知能の低下を結晶性知能で補うことが重要とされた。しかし、結晶性知能も流動性知能も定年前後の60代では高く維持され、明確に低下していくのは80代以降だとする研究も示されている。
またシニアの体力面の向上も続いている。現在はスポーツ庁が実施している「体力・運動能力調査」は1964年以来実施されているが、50歳台後半、65歳から79歳の年代の体力・運動能力の上昇傾向は続き、元気なシニアが増えているという。
これらのデータを見る限り、定年年齢の60歳以降に急にシニアの能力が衰えるという見方は非現実的であることがわかるだろう。まして定年前の50歳台なら働き盛りとさえいえる。シニアの働き方の問題とは能力の衰えというよりも、エイジズムとアンコンシャス・バイアスに起因する自己成就予言と(悪い)ピグマリオン効果だったのではないだろうか。
48歳で底を打ち後は上昇する「幸福感のU字型カーブ」
幸福感のU字型カーブとエイジング・パラドックスについて論を進めていきたい。年齢と幸福感の関係がU字型カーブになることは、多くの研究で指摘されてきた。2021年に発表された論文は、それらの研究を統合した決定的ともいえる内容だ。複数の幸福感のデータを使い開発途上国119カ国を含む145カ国を分析したところ、すべての国においてU字型カーブが存在し、幸福感が底となりもっとも低くなる平均年齢は48.3歳だったのだ。
つまり、幸福感のU字型は国々の経済、文化状況の差によって左右されるものではなく、普遍的に存在するものだったのだ。そして145カ国の中には日本も含まれている。この論文は、幸福感のU字型カーブは神話ではなかったと締めくくられている。その中では、複数の調査データが示されているのだが、それを最大公約数的にイメージ図で示すと図表1のようになる。