人間の妊娠期間は10カ月と長く、出産時も長い時間がかかり、出血などのリスクも高い。生物学者の田島木綿子さんは「人間やサルは盤状胎盤で、母親と胎児の結合が哺乳類の中でも最も密。流産のリスクは低い反面、出産時に胎盤が剥がれるのに時間がかかり、胎盤の剥離による出血量も多い。メスに毎月、経血があるのもほぼ人間のみ」と解説する――。

※本稿は、田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。

妊娠女性
写真=iStock.com/kuppa_rock
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哺乳類が大繁栄したのはメスの体内に胎盤ができたから

恐竜が地球上で最も繁栄していたジュラ紀(約2億130万年前~約1億4550万年前)、私たち哺乳類は小さなネズミほどのサイズしかなく、地上の片隅で細々と生きるマイノリティな存在であった。

その後、恐竜が絶滅してから6600万年経った現在、地球上のあらゆる場所に生息できる動物として哺乳類は大繁栄に成功し、生物界のいわゆる勝ち組となった。この大繁栄に成功した最大のカギは、メスの体内に子を発育させるための胎盤を有したことにある。

これが、有胎盤類の繁栄の始まりである。それまで繁栄していた恐竜や爬虫類の場合、母親は卵を体外に産み落とし、成長に伴う面倒はほとんど見ない。その代わり、多くの卵を生むことで外敵から生き残る「数で勝負する作戦」をとった。

胎内で子どもを育てられることで死亡リスクが激減した

一方の哺乳類は、マイノリティな存在だった時代から、メスの体内に形成される胎盤で子供を発育させる作戦に出た。その結果、母親は子ども(胎児)を胎内で発育させながら、自らの生活も営むことが可能となり、母子が共に移動できるようになった。

一度に産む子どもの数は、数で勝負する作戦に比べると圧倒的に減ってしまったが、外敵や天候などの外因リスクは激減し、少ない数の子どもを確実に育てることができるようになった。

環境変動や不測の事態が起こることもある。しかし、現在の地球を見渡してみると、あらゆる場所に哺乳類は存在し、圧倒的なニッチ(生態的地位)を獲得している。

哺乳類のオスが長い歳月をかけて繁殖にまつわる生殖器や生殖腺をモデルチェンジしてきたように、メスも子孫を残すために最も適した子宮や胎盤といった生殖器を選択してきた。さらに、それぞれの動物の生き方に合わせて、形や構造をさまざまに進化させている。

妊娠・出産を担えるのはメスのみである。交尾を終えた時から、メスの生物学的な孤独な戦いが始まるといってもいい。