岸田政権の「労働移動円滑化策」のゆくえ

労働組合や労働側の弁護士、そして労働法学者の中には現状の制度で十分だという意見も少なくない。逆に上下限の金銭の基準を法律に定めると「使用者がその範囲で金額を支払えば解雇できる」と考え、解雇が頻発する可能性があると警戒する。

厚労省の審議会での議論は、事実上ストップしている状態にあるが、動き出す可能性もある。

1つは岸田文雄政権が掲げる「労働移動円滑化」の推進だ。11月10日に開催された「新しい資本主義実現会議」において、議長の岸田文雄首相は「労働者に成長性のある産業への転職の機会を与える労働移動の円滑化、そのための学び直しであるリスキリング、これらを背景とした構造的賃金引上げの3つの課題に同時に取り組む」と述べている(議事要旨)。

労働移動円滑化策として現時点では「解雇の金銭解決制度」を取り上げていないが、実現会議の経済同友会代表幹事の櫻田謙悟委員は、リスキリングに対する支援策に触れた後、「2つ目は労働法制の改革である。論点の多くは、既に多くの企業が取り組んでいるが、さらなる前進に向けた制約となっている労働法制がある。これをぜひ改革するべきである」(議事要旨)と述べている。

労働法制の改革の中身について触れていないが解雇の金銭解決などの解雇規制の緩和を意味するのは明らかだろう。

アメリカの圧力

もう1つがアメリカの圧力である。例えば、在日米商工会議所(ACCJ)は2014年2月に「アベノミクスの三本の矢と対日直接投資:成長に向けた新たな航路への舵取り」という提言を出している。その中の「労働流動性」の項目で、合法的に解雇できる場合の基準を明確化するとともに「十分に正当な理由を欠く解雇において、原職復帰に代わる金銭的補償制度を導入する」と明記している。

労働側の弁護士は「解雇の金銭解決制度はもともと在日米国商工会議所が入れてほしいと言ってきたものだ。それが政府の骨太の方針にもしっかり書かれており、岸田政権もアメリカには逆らえないだろうし、実現に向けて動き出すのではないか」と指摘する。

岸田政権は、来年6月に「労働移動円滑化指針」を取りまとめるが、解雇の金銭解決制度の導入推進が盛り込まれる可能性もある。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。