部下をつぶす上司たち

2社の事例は、ともに部下に尊敬されていた有能な人物を冷遇したことに端を発しています。これにより、部下が上層部、会社に不信感を募らせ、ロイヤルティーが急降下。離職する社員が出たり、残っている社員も上司の指示に従わずに現場の判断だけで動くなど、統率のとれない組織になってしまいました。

「たった1人の人事で」と思われるかもしれませんが、社員はその1人の人事に企業の器を見ています。

「こんなにもすばらしい上司を評価せず、簡単に辞めさせたり、左遷したりするような会社には未来がない。いつ自分たちも同じ目に遭うかもわからない」

そう思えば、仕事へのモチベーションも下がるのも当然です。

とくに、日本の企業においては、例に挙げたシステム系メーカーのマネジャーのように、部下に裁量を渡すのが下手な人が多いように感じます。いったんは部下に仕事を割り振っても、自分が想定していた以上の成果が上がりだすと、「仕事をとられた」「自分の功績になるはずだった」と考えてしまう人たちです。自分が前面に出たい気持ちが強い人は、得てして部下をつぶすような行動に出がちなのです。

暗いオフィスの会議室に一人で立っているビジネスマンのシルエット
写真=iStock.com/selimaksan
※写真はイメージです

有能な中堅には権限委譲が大切

また、自身が有能であるがゆえに、「自分でやったほうが確実だ」と権限委譲できない人もいるでしょう。しかし、こうして上司が仕事を抱え過ぎれば、部下はスキルアップの機会を奪われ、結果としてチームのパフォーマンスは上がりません。

「チームとしていかに成果を上げていくか」という視点が欠けると、現場の意見を聞かずに上層部の方針を伝書バトのように伝えるだけの存在になったり、気に入らない人物を排除しようとしたりと、結果として会社に不利益を与えるような行動につながりかねません。

非常に極端な結果になった事例をご紹介しましたが、どこかでボタンの掛け違いが起これば、組織はいとも簡単に崩壊する可能性がある。これは決して大げさではないと感じています。人間関係を軽視しないこと、また組織のなかでの自分の役割を自覚し、ふさわしい振る舞いをすることの重要性を改めて考えさせられた、忘れられない事例です。

構成=浦上藍子

見波 利幸(みなみ・としゆき)
日本メンタルヘルス講師認定協会 代表理事

1961年生まれ。大学卒業後、外資系コンピューターメーカーなどを経て、98年に野村総合研究所に入社。主席研究員としてメンタルヘルスの研究調査、研修開発に携わり、日本のメンタルヘルス研修の草分けとして活躍。2015年より日本メンタルヘルス講師認定協会の代表理事に就任。20年かけて開発した2日間の「ヒューマンスキルを強化するマネジメント研修」は大企業を中心に絶大な支持を得ている。著書に『心が折れる職場』『上司が壊す職場』(以上、日経プレミアシリーズ)など多数。