モラハラをする人は、なぜモラハラをするのか。ジャーナリストの林美保子さんは「私が取材したのりすけさん(仮名)は、テーブルから箸が落ちたり、ジュースがこぼれたというだけで怒鳴り散らしたり、妻が定価で買い物をしてくると怒ったりしていた。彼は、自分がモラハラ行動をしてしまうのは、父や祖父が日常的に暴力を振るうような家庭で育ったことに、その一因があるのではないかと分析していた」という――。
手をつないで歩く母子の後ろ姿
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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突然、妻は子どもを連れて出て行った

「すごくいい夫だと、自分では思っていました」

のりすけさん(仮名・36歳)は、掃除、洗濯、買い物、料理もする。息子が生まれると、お風呂に入れるのも、保育園の送り迎えも、毎日必ず行った。優秀なキャリアウーマンである妻が、思い切り仕事ができる環境をつくってあげたいと考えていたのだ。

ワンオペの家事育児に心身をすり減らしている女性にとっては、理想的な夫に映るのではないだろうか。

ところが、結婚4年後のある日、妻は2歳の息子を連れて家を出て行き、行方知れずになってしまった。さらには弁護士を通して、「離婚を考えている」と伝えてきたのだった。

のりすけさんは愕然とした。当初は、妻が何の断りもなく突然出て行ったことで、あっという間に家庭が崩壊して、愛するわが子にも会えなくなったことにショックを受け、妻の仕打ちへの怒りと、「自分は何も悪いことをしていないのに」という被害者意識で頭がいっぱいになった。

インタビューに答えるのりすけさん
撮影=林美保子
インタビューに答えるのりすけさん

「あなたが怖い」と言う妻

ある日突然、配偶者が子どもを連れて出て行き、行方知れずになるというケースは少なくない。なかには、「自分には落ち度がないのに、勝手に子どもを連れ去った」と実子誘拐を主張して、相手を刑事告訴する人までいる。

ただ、のりすけさんの場合、妻が出ていった理由はなんとなくわかっていた。自分は夫としての役割をしっかり果たしているという自負があったが、その一方で、妻が自分を怖がっていることを知っていたのだ。

「あなたがやっていることはDVなのよ。怖い、怖い」と何度も言われていた。

のりすけさんは、妻に暴力をふるったことはなかった。DVとは殴ったり蹴ったりするような身体的暴力のことを指すと思い込んでいたのりすけさんは、DVだと言われてもまったく身に覚えがなく、妻の言葉をまともに受けとめようとしなかった。

「妻が怖がるようになったきっかけは、何だろうな。思い出せないですね。積み重ねだとは思います」

妻と子どもが出て行ったあとののりすけさんは、「何とかしなければ」と考え、夫婦関係について書かれた本を読み漁り、カウンセリングも受けた。その中で知ったのは、相手を「怖い」と思わせる言動すべてがDVにあたるということだった。それから過去の自分の言動を振り返ってみると、いまさらながら、自分がどれだけ妻を傷つけていたかに気づいた。