「箸を落とした」ささいなミスで怒鳴り散らす

「私は理屈屋なんです」と、のりすけさんは言う。

どんなに小さなルールも遵守することを信条としていた。車がほとんど通らない道でも、赤信号で道を渡るようなことはしない。そんな自分を誇らしいと思っていた。職場でもプライベートでも、自分が正しいと信じることが通らないと、「それはおかしい!」「私の方が正しいのに!」と怒りがこみ上げた。そのせいか、人間関係がなかなかうまくいかず、いつもイライラしていた。

そんなイライラを抱えたまま家に帰ると、「テーブルから箸が落ちた」「ジュースがこぼれた」といった、ほんのささいなことが怒りの引き金になる。

「なんで、もっと緊張感を持って生活しないんだ!」と妻をなじり、怒鳴り散らした。何がのりすけさんの気に障るのかわからず、何がきっかけで逆上するか予測がつかないため、妻はびくびくしながら生活するようになっていった。

無類の酒好きだったのりすけさんは、飲むと気が大きくなり、さらに饒舌になり、一度怒りに火がついたらなかなかおさまらなくなる。そして始まるのが、2時間にもおよぶ説教だった。

「自分では理不尽なことをしているつもりはなく、ただ自分の正しい考えを相手にわかってもらうために説明しているという感覚なんですね。自分が正しく、相手が誤っていると思っているので、妻が謝るまで言い続けるのです」

妻は最初の頃こそ反論していたが、やがて何を言っても無駄だと悟ったのか、何も言わなくなった。

妻が「怖い」と叫んで取り乱すと、のりすけさんはなぜ妻がそんなことを言うのか理解できず、どうしていいのかもわからなくなり、自分の携帯電話を折って壊したり、ドアを蹴破ったりするなど、目の前にある物に感情をぶつけることでその場をおさめようとした。妻に危害を加えてはいけないという思いから、自分の頭をコブができるまで殴り続けたこともある。そんなのりすけさんを見て、妻はさらに恐怖感を募らせ、凍りついたように沈黙した。

半額シールの食品を買うよう強要

倹約家だったのりすけさんは、家計も細かく管理した。妻が定価で食品を買ってくると、「なんで半額ではないものを買ってきたんだ!」「あそこの店なら、もっと安く買える」と文句を言って、過度の節約を強いた。

のりすけさんの年収は、世間的にみればそれなりにあるほうだったが、妻はさらに高収入で、それほど家計を切り詰める必要はなかった。妻は、無駄遣いをするタイプでもない。しかしのりすけさんは、妻に、半額シールが貼られている食品のみを買うことを強いた。「食べたいものではなくて、半額シールを貼ってあるもの」を前提に買わざるを得なかったという、貧困にあえいだ子ども時代の金銭感覚がしみついてしまっていたのだ。

のりすけさんが、2万円と書かれた美容院のレシートを見つけたことがあった。金銭的に余裕があることはわかっているので、妻に、「行くな」とは言えない。

そんなときには、「あなたはそういうところに行けていいねえ。私はいつも1000円カットで済ませているのに」と嫌味を言って、節約しようとしない妻を非難した。