人間関係のもつれから会社存続の危機に
職場の人間関係のもつれというと、立場の強い上司が部下に対してハラスメント行為をしたり、あるいは相性の悪いチームメンバー同士がお互いに足を引っ張ったり、といったことが想起されると思います。ハラスメントを受けた社員、同僚からのいじめに疲弊した人がメンタルダウンして休職、離職を選択するというケースもあり、会社にとっては大きな損失です。
しかし、「人間関係のもつれが、会社の存亡にまで関わることがある」と耳にしたら、「まさかそこまで」と笑う人が多いのではないでしょうか。
今回は、その「まさか」が起きた事例を2つご紹介しましょう。
ひとつめは、ある海外企業の事例です。
アジア進出の足掛かりとして日本法人を設立することになったこの企業では、日本での現場責任者として日本人Aさんを高給でヘッドハンティング。彼を中心に、法人設立のためのプロジェクトを始動させました。Aさんは、非常に有能かつ思いやりにあふれた人物で、十数名いた部下たちも彼を信頼。プロジェクトのスタート時からチームワークは良好で、順調に業績を上げることが期待されていました。
ただ、部下の悩みは、法人設立までの期限つきで赴任していた、本国からのマネジャーBさんです。Bさんの指示は、本国のやり方をそのまま日本に導入しようとするものばかりで、日本の文化に合わないものもありました。そんなBさんと根気強くコミュニケーションをとり、日本でも受け入れられるような着地点を探って提案するAさんがいなければ、法人設立の道のりはもっと厳しくなっていたに違いありません。
敏腕マネジャーの退職で「日本法人撤退」の事態に
ところが、法人設立まであと一息というときに、事件は起こりました。またもBさんが本国からの指示を強硬に遂行しようとしたところ、日本人部下の半数ほどが従わない、という事態が起きたのです。Aさんも、この企画は実行に移すべきではないと考えていたため、今回ばかりはBさんと部下の間を取り持つことはしませんでした。
結果的に、この企画は途中で頓挫することになりますが、本国では「指示に従わない部下がいた」ということを問題視。責任の所在を明らかにするため、Bさんの指示通りに動かなかった部下のリストを出すようにという通達がきたのです。
Aさんは「部下が悪いわけではなく、企画自体に無理があった。しかし、私がBさんと話し合って調整したり、あるいは部下に大事な仕事だからBさんの指示に従うようにと話していれば、このような事態は起きなかったはず。責任は私にあるから、リストを出すなら自分が辞めます」と言って、辞職しました。
本社はそれで納得しましたが、部下にしてみれば、何も非がないAさんを辞めさせてしまったという思いばかりが募ります。その思いは、しっかり調査もせず、Aさんを引き留めなかった本社への不信感となり、部下の半数は離職、残りの半数も本社からの指示に懐疑的な姿勢をとるようになってしまいました。結局、この企業は法人設立後、半年もたたないうちに日本撤退を余儀なくされました。
嫉妬から部下を地方に飛ばした男
次にご紹介するのは、システム系のメーカーでの事例です。
舞台となったのは、開発システムの検査を担当していた部署です。マネジャー、現場リーダー、部員という組織で、マネジャーが部員の仕事の割り振りをしていました。しかし、このマネジャーは、現場にはあまり顔を出さないため、実情がよくわかっていなかった。高い専門性が求められる業務であるにもかかわらず、スタッフのスキルや経験値を無視して「3年目だからこの業務」「ベテランだからこの担当」というふうに機械的な采配をしていたため、現場ではしばしば混乱が起きていたといいます。
そこで、部下からの陳情もあって、現場をよく把握するリーダーが、「スタッフの業務の割り振りを自分に任せてくれないか」とマネジャーに談判しました。「やりたいならどうぞ」と軽くOKしたマネジャーですが、その後、チームがみるみる業績を上げていくのを見ると、だんだんおもしろくない気持ちになったようです。1年ほどたった頃、リーダーはまったく畑違いの地方の部署へと異動となり、このチームの采配は再びマネジャーが行うことになりました。
「あいつを飛ばしたのは俺なんだ」
評価の高いチームを率いることになったマネジャーは得意満面で、こともあろうに「あいつを飛ばしたのは、実は俺なんだ」と吹聴。自分には、人事を自由にできる権力があるということを誇示したかったのかもしれません。このうわさはあっという間に社内外に広まり、まずはチームスタッフがマネジャーに反旗を翻すことになります。マネジャーの指示には従わず、現場は機能不全に陥りました。それを見た上層部は組織の大改革を断行しますが、業績は下降線をたどります。そして、リーダーの左遷事件から3年ほどで、ついには倒産してしまったのです。
マネジャーの嫉妬で実力のあるリーダーを左遷させたことが、巡り巡って会社の命まで奪ってしまった、そんなふうにも考えられる事例です。
部下をつぶす上司たち
2社の事例は、ともに部下に尊敬されていた有能な人物を冷遇したことに端を発しています。これにより、部下が上層部、会社に不信感を募らせ、ロイヤルティーが急降下。離職する社員が出たり、残っている社員も上司の指示に従わずに現場の判断だけで動くなど、統率のとれない組織になってしまいました。
「たった1人の人事で」と思われるかもしれませんが、社員はその1人の人事に企業の器を見ています。
「こんなにもすばらしい上司を評価せず、簡単に辞めさせたり、左遷したりするような会社には未来がない。いつ自分たちも同じ目に遭うかもわからない」
そう思えば、仕事へのモチベーションも下がるのも当然です。
とくに、日本の企業においては、例に挙げたシステム系メーカーのマネジャーのように、部下に裁量を渡すのが下手な人が多いように感じます。いったんは部下に仕事を割り振っても、自分が想定していた以上の成果が上がりだすと、「仕事をとられた」「自分の功績になるはずだった」と考えてしまう人たちです。自分が前面に出たい気持ちが強い人は、得てして部下をつぶすような行動に出がちなのです。
有能な中堅には権限委譲が大切
また、自身が有能であるがゆえに、「自分でやったほうが確実だ」と権限委譲できない人もいるでしょう。しかし、こうして上司が仕事を抱え過ぎれば、部下はスキルアップの機会を奪われ、結果としてチームのパフォーマンスは上がりません。
「チームとしていかに成果を上げていくか」という視点が欠けると、現場の意見を聞かずに上層部の方針を伝書バトのように伝えるだけの存在になったり、気に入らない人物を排除しようとしたりと、結果として会社に不利益を与えるような行動につながりかねません。
非常に極端な結果になった事例をご紹介しましたが、どこかでボタンの掛け違いが起これば、組織はいとも簡単に崩壊する可能性がある。これは決して大げさではないと感じています。人間関係を軽視しないこと、また組織のなかでの自分の役割を自覚し、ふさわしい振る舞いをすることの重要性を改めて考えさせられた、忘れられない事例です。