母子家庭を非難するのは身近な家族や親族

実家に戻った照子さんは、母子家庭を非難し叩くのは身近な家族や親族、友人なのだという現実を知った。

「結婚に失敗して、どこの馬の骨とも知れない男の子どもを二人も産んで……」
「うちにとって、迷惑。そんな状態の人間を背負うなんて」

理解ある家族や友人だと思っていたが、自分を見る目は明らかに豹変ひょうへんした。

「家にいても、親や妹から『あんたは家政婦』と言われ、落ち度を追及される。両親が子どもを可愛がってくれなかったのが、一番辛かったですね。孫に、罪はないわけですから」

バッシングに耐えることができたのは、高校時代に学んだフェミニズム思想のおかげだった。「個人的なことは社会的なこと」という言葉で自分を支えた。これは決して、自分一人の問題ではないのだと言い聞かせた。

あるとき突然、子どもの父親がやってきた。両親は男をアパートに住まわせ、見つけてきた会社で働かせた。しかし、何の前触れもなく、男はいなくなった。以降、男の消息はわからない。こうして照子さんは、シングルマザーとなった。

「母子家庭にもランクがあって、一番上は死別母子家庭、次に慰謝料や養育費を取り決めた、離別母子家庭。私は失踪による母子家庭ですから、最低ランクです」

男の失踪で、家族からの非難はさらに激しいものとなった。

「あんなしょうもない男の子どもを産んだんだから、おまえは子どもを連れて家から出て行け! おまえも、死ね!」
「死にません。誰が子どもを育てるのですか! だから、死にません!」

子どもを守るのに必死だった。

「誰も信用できない状況で、すごく傷ついていたんですけど、結構、闘っていましたね」

給食調理の仕事で壮絶ないじめを受ける

働くためには、子どもを保育園に預けるしかない。ここで子どもの戸籍を作ることとなった。戸籍がないと、福祉のサービスは受けられないからだ。

「法務局で、自分が産んだ子どもだと証明しろと言われても、証明するものは何もない。居直って子どもを連れて行って、『私が産んだ子だ』と言ったら、『はい、わかりました。あなたのお子さんですね。これで戸籍を作ります』となぜか、一発OKで作れました」