80代半ばからフィットネスジムに通い、体力づくり

桧山さんが生涯売上累計10億円を達成したのは2018年。89歳のときだった。東京・お台場のホテルでポーラの表彰式が開かれ、全国でも歴代2位の実績をたたえられた。

累計10憶円を達成した際の表彰式で及川美紀社長と。(写真提供=ポーラ)
累計10憶円を達成した際の表彰式で及川美紀社長と。(写真提供=ポーラ)

その翌年、桧山さんは90歳の誕生日を迎えた。実はポーラの創業と同じ年の生まれで、ポーラも90周年を迎えたのだ。さぞや感慨も大きかったのではと思うが、桧山さんは「あら、いつのまにか90歳になっていたのよね」と朗らかに笑う。

現在も、商品の資料や売り上げ数字のデータは抜かりなくチェックし、ショップ経営に求められる高い基準を守り続けている。

今、92歳にして、自身の身体も健康そのものという。健康のために気をつけているのは食生活、毎日3度の食事は栄養のバランスを考えてちゃんと作ることを欠かさない。「快食、快便、快眠が大事」という桧山さん。80代半ばからフィットネスジムにも通い、マシンのトレーニングで筋力を鍛えている。仕事のペースは一日おきにショップヘ通い、通勤では30分ほど歩く。息子が独立して家庭を持ってからはずっと一人暮らしなので、休日はこまごまとした家事や庭の手入れも自分でやっている。広い庭いっぱいに花を育てるのが楽しみという。

老いへの不安がないのは、そんな暇がないから

90代で現役ショップオーナー、仕事も日々の暮らしもフル稼働。きっと「老後」という感覚などないのかもしれない。年齢を重ねることの怖さ、老後の人生への不安を抱える人たちも多いけれど、桧山さんはどう思っているのだろうか。

桧山八重さん
撮影=市来朋久

「私は仕事をして、ご飯を食べて、お花を育てて……やることがいっぱいあるからマイナスのことは考えない。それは仕事じゃなくても、自分がこよなく愛するものがあればいい。お花もちゃんと手入れすれば、きれいにどんどん咲いていくでしょう。そう思ったら、余計なことを考えている暇なんてないもの」

もともと一人で子どもを育てるために飛び込んだ美容の世界。その道をトップで走り続けるには並大抵ではない苦労や辛さもあったことだろう。だが、それを乗り越えられたのはやはりお客さまを大事にしたいという思いがあったから。今でも桧山さんを慕う顧客は70人を超え、母から娘その子へと3世代にわたる家族もいる。

「今も大切なお客さまがいるから、自然にお店へ足が向いてしまうのね」

だから、桧山さんには「引退」もない。

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。