男女間でも「尻ぬぐい」が存在する

酒井 隆史『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』(講談社現代新書)
酒井隆史『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』(講談社現代新書)

ここでまた、グレーバーは重要な指摘をしています。ジェンダーにかかわる問題です。

社会的次元において、歴史的にみて女性たちが男性たちの尻ぬぐいの役割をはたしてきました。

「地位ある男たちは、自分の周囲で起きていることの半分も気づかぬままに暮らしては、数多くの人間をふみつけにしてきたのである。かれらのエゴをしずめたり、気を落ち着かせたりといった感情労働を担い、かれらの起こした問題を丸く収めるべくやりくりしてきたのは、一般的には、かれらの妻や姉妹や母や娘たちだった」。

そして、もうひとつ、物理的生産という点でみると、尻ぬぐいとしての古典的労働者階級というイメージがあらわれます。

理想を楽しむ建築家を支える労働者

グレーバーは、建築の事例をあげています。有名建築家が奔放につくりだした計画を実現させるときに、そこで生まれるギャップを、現場の労働者たちが埋めるというような作業のことです。ただし、それ自体は必ずしもブルシットではありません。ふつう、こういう計画と実地の次元は多かれ少なかれズレるものだからです。

問題は、「その計画がうまくいかないことがあきらかである場合、有能な建築家ならばそれをわかっているべきだった場合である。つまり、あまりにシステムがばかばかしく設計されているためその失敗が完全に予見できるのに、問題を解決しようとするより、もっぱら損害に対処するためだけのフルタイムの従業員を雇おうとする方を、組織が選ぶような場合」です。

日本でも予想される深刻なレベルでの蔓延

ここをあえて強調したいのは、このままとはいえないにしても、日本でこうした事態が頻発していることは容易に想像できるからです。

失敗が予見できる計画を、専門家をふくむさまざまな批判にもかかわらず、無視して突っ走って、しわよせが現場の下請けに押しつけられるなどということは、失敗が大きな確率で予測できるのに、あるいは失敗があきらかになってからすらも構造的に計画を途中でやめることがきわめて困難である日本では、深刻なレベルで蔓延しているだろうからです。

酒井 隆史(さかい・たかし)
大阪府立大学教授

1965年生まれ。専門は社会思想、都市史。著書に、『通天閣 新・日本資本主義発達史』(青土社)、『暴力の哲学』『完全版 自由論 現在性の系譜学』(ともに河出文庫)、『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』(講談社現代新書)など。訳書に、デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(共訳、岩波書店)、『負債論 貨幣と暴力の5000年』(共訳、以文社)、マイク・デイヴィス『スラムの惑星 都市貧困のグローバル化』(共訳、明石書店)など。