日本の小説は女性が死にすぎる

——徳富蘆花や有島武郎ら、当時の男性作家の作品について「日本の小説は人が死にすぎる。しかも何故か女ばっかり」と指摘されていた箇所を読み、膝を打ちました。

【柚木】女性が幸せに生命を全うする小説もありますが、文学的に評価され、残っているものは少ないと思います。(『花物語』などで知られる)吉屋信子さんの作品も、生前の文壇での評価は決して高くなかった。「女子供が読むもの」とされていたのですが、今読んでも新しく、ジェンダー的にも優れている。評価されていた徳富蘆花さんの『不如帰』より、男性が読んでも女性が読んでも、圧倒的に面白いと思いますよ。特に『良人の貞操』は「あの時代によく思いついたな!」という新しさがあり、書き方をちょっと現代風にしたら、今でも十分ベストセラーになるのではないかと思いながら読みました。

——らんたん』も歴史上の偉人が大勢登場する大河小説ながら、テレビドラマにしても楽しめそうな、エンターテインメント性のある明るく読みやすいタッチで書かれていますね。意識されたのでしょうか?

【柚木】「お話として面白いものを」という点は、すごく意識しました。今回、たくさん参考文献を読んだのですが、メモをとったり、勉強したりしながら、読み進めるのに苦労したんです。私が不勉強だったという理由もあるのですが、フェミニズムや女性史について知るには、あらかじめ勉強して知識を持ってからでないと、情報にアクセスすることすら難しいと感じました。

朝ドラや大河ドラマはもっと女性史にスポットを当てて、分かりやすくドラマにしてくれたらいいのにと思います。少なくとも、津田梅子は渋沢栄一より先にやってもよかったのではないかと。

なぜか「分かりやすく描くことは対象に対して不敬である」と考える風潮がありますよね。『らんたん』を書いた理由の1つに、1冊くらい分かりやすく楽しめるフェミニズムの小説があってもいいのではないかという思いもあります。

——巻末に記載されている参考文献の量がすごいですよね。これらを読み込んだ上で、エンターテインメント性を備えた小説に落とし込むのは大変な作業だっただろうなと想像します。

【柚木】関係者一同が納得する形でエンターテインメントにするというのが結構難しかったです。恵泉の関係者は、思いつく限り、名簿に載っているご存命の方全員に電話をかけて「これでいいでしょうか?」と確認しながら執筆しました。コロナ禍で80代、90代の皆さんはお家にいたので、電話で取材することができたのです。皆さんが納得いく形で、エンタメとして面白く、史実に合っている。この3つを擦り合わせながら書いたので、完成するまで5年かかりました。