女性が主役の面白くて元気がでる作品を書き続ける柚木麻子さん。最新作では女子教育に情熱を注いだ恵泉女学園の創立者・河井道と、彼女を支えた一色ゆりの人生を描いた。難解な文献と格闘しながら取材をし、わかりやすく面白く書く。そんな5年間を過ごす中、「朝ドラや大河ドラマはもっと女性史にスポットを当てて、わかりやすくドラマにしてくれたらいいのにと思います。少なくとも、津田梅子は渋沢栄一より先にやってもよかったのではないか」という思いを強くしたという――。

女性が生き生きと生命を全うする物語

——柚木さんは小説でシスターフッドの精神を書き続けていらっしゃいます。意識されているのでしょうか?

作家・柚木麻子さん
作家・柚木麻子さん(撮影=古本麻由未)

【柚木麻子さん(以下、柚木)】女性が主役の面白いエンターテインメント作品を書きたいという気持ちは、一貫して持っています。小さい頃から好きだった『赤毛のアン』も『若草物語』もそうですが、女性が主役で、面白くて、元気が出るものって、なぜかシスターフッドでフェミニズムになっているんです。女性が生き生きしていて、思うとおりに意見が言えて、悪い感情も良い感情も吐き出して、生命を全うする。だから私も、面白い小説を書いていきたいと思うと、必然的にそういうお話になってしまいます。

——柚木さんも恵泉の卒業生ですね。河井道の人生を小説にしたいという思いは、ずっと持っていたのですか?

【柚木】もともと母校の歴史に興味があったわけではありません。

マジカルグランマ』の執筆を準備していた時、主人公が自宅をお化け屋敷にするというお話だったので、「公開するだけで価値がある自宅」をイメージして、一色ゆりの娘で、元恵泉女学園理事長の一色義子先生のお屋敷の図面をいただいたことがきっかけでした。

テレビドラマにも外観がよく使われるような、大きくてフォトジェニックな洋館なのですが、これが本当に変わった図面で。増築を繰り返していて、外国のお客様をもてなすための日本間があったり、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の接収を避けるために下宿にしていたこともあるため、2階部分に当時としては珍しい浴室があったり、普通のお屋敷というより学園の延長のような役割を果たしていた。「一色ゆり夫妻は、なぜそこまでして道先生を支えようとしたのか?」と疑問に思い、いろいろ史料を調べていくうちに、村岡花子さんや広岡浅子さん、吉田茂さんや有島武郎さんといった偉人たちとの交流が浮かび上がってきて、それが非常に面白いと思ったのです。

日本の小説は女性が死にすぎる

——徳富蘆花や有島武郎ら、当時の男性作家の作品について「日本の小説は人が死にすぎる。しかも何故か女ばっかり」と指摘されていた箇所を読み、膝を打ちました。

【柚木】女性が幸せに生命を全うする小説もありますが、文学的に評価され、残っているものは少ないと思います。(『花物語』などで知られる)吉屋信子さんの作品も、生前の文壇での評価は決して高くなかった。「女子供が読むもの」とされていたのですが、今読んでも新しく、ジェンダー的にも優れている。評価されていた徳富蘆花さんの『不如帰』より、男性が読んでも女性が読んでも、圧倒的に面白いと思いますよ。特に『良人の貞操』は「あの時代によく思いついたな!」という新しさがあり、書き方をちょっと現代風にしたら、今でも十分ベストセラーになるのではないかと思いながら読みました。

——らんたん』も歴史上の偉人が大勢登場する大河小説ながら、テレビドラマにしても楽しめそうな、エンターテインメント性のある明るく読みやすいタッチで書かれていますね。意識されたのでしょうか?

【柚木】「お話として面白いものを」という点は、すごく意識しました。今回、たくさん参考文献を読んだのですが、メモをとったり、勉強したりしながら、読み進めるのに苦労したんです。私が不勉強だったという理由もあるのですが、フェミニズムや女性史について知るには、あらかじめ勉強して知識を持ってからでないと、情報にアクセスすることすら難しいと感じました。

朝ドラや大河ドラマはもっと女性史にスポットを当てて、分かりやすくドラマにしてくれたらいいのにと思います。少なくとも、津田梅子は渋沢栄一より先にやってもよかったのではないかと。

なぜか「分かりやすく描くことは対象に対して不敬である」と考える風潮がありますよね。『らんたん』を書いた理由の1つに、1冊くらい分かりやすく楽しめるフェミニズムの小説があってもいいのではないかという思いもあります。

——巻末に記載されている参考文献の量がすごいですよね。これらを読み込んだ上で、エンターテインメント性を備えた小説に落とし込むのは大変な作業だっただろうなと想像します。

【柚木】関係者一同が納得する形でエンターテインメントにするというのが結構難しかったです。恵泉の関係者は、思いつく限り、名簿に載っているご存命の方全員に電話をかけて「これでいいでしょうか?」と確認しながら執筆しました。コロナ禍で80代、90代の皆さんはお家にいたので、電話で取材することができたのです。皆さんが納得いく形で、エンタメとして面白く、史実に合っている。この3つを擦り合わせながら書いたので、完成するまで5年かかりました。

女性への暴力や差別を「仕方ない」と考える風潮

——明治から昭和にかけて、女性運動や文学の世界で活躍した女性たち一人ひとりが生き生きと描かれているほか、彼女たちや道先生と関わりのあった男性の有名作家や偉人の描写も皮肉がきいていて面白かったです。

柚木麻子『らんたん』(小学館)
柚木麻子『らんたん』(小学館)

【柚木】学校関係者、OGやご親族、津田梅子さんの末裔の方にも取材はしました。

でも、有島武郎さんと道先生が原稿をめぐってやりあっていたのは、ほぼ小説のまま史実です。徳富蘆花さんと道先生は、実際には交流がなかったそうなのですが、大山捨松さん(津田梅子と共に渡米した日本初の女子留学生)のことを書いたので、彼女をモデルに『不如帰』を書き、誹謗中傷を引き起こして彼女を傷つけた蘆花も登場させました。蘆花と道先生のやり取りは創作なのですが、妻にDVをしていたのは史実です。

——史料にそう書かれていたのでしょうか?

【柚木】蘆花関連の本を読むと、妻に折檻を加えていたことが、特に悪いという感じでもなく書かれていることがあるんです。ちなみに、野口英世が結婚の結納金で留学し、妻がアメリカに着いたらすぐ離婚したとか、稼いだお金を一晩で遊郭で使ったとか、男の人たちは何も隠してないんですよね。いい作品を書いているのだから、すごい研究をしたのだから、女の人を傷つけても仕方がないというスタンスでいる。だから私は誹謗中傷でも何でもなく、そのまま小説に書いただけです。

——「芸術家なら、女性を傷つけても仕方ない」という免罪符的なものがあったように感じます。

【柚木】道先生は、明るいことが非常に好きでした。だけどなぜか「明るい」ということは一段低く見なされている。小説でも映画でも、日本では善でも悪でもないものが評価されがちです。人間というのは曖昧模糊として複雑で、光でも闇でもなく、正義でも悪でもない。だから正義で裁くことを疑問視する。

つらい目に遭っている人やマイノリティは救済されず、「仕方ない」で済まされる。トランスジェンダーの人が主役の作品は、主人公が死ぬパターンが多いですよね。「美しいからいいじゃない」と言う人もいるけれど、私は「美しければ、搾取してもいいのか? 美しいの、そんなにえらいのか?」と前から思っていました。

「闇は闇として、美しいから取っておけ」と、女性の人権の問題や、女性への暴力や差別を「仕方ない」と考える風潮が明治の頃から脈々と続いている。そんな灰色の人間の感情が、実は性暴力などを覆い隠していたのではないかなと、この小説を書きながら思いました。

そんな状況でも、少しずつ良くなってきているのは、明らかに先人たちのおかげだなと思います。

バカバカしい苦労を次の世代にはさせたくない

——会社組織の中でもシスターフッドは必要とされているものの、たとえば、女性管理職が「私たちの若い頃は大変だった」と若手にきつく当たったり、時短を取る同僚を妬んだりなど、女性同士いがみ合ってしまいがちな現状があると聞いています。道先生たちのように、女同士で支え合える関係を築くためには何が必要だと思いますか?

【柚木】皆さん、もう十分よくやっていると思いますよ。余裕がなくて同性の手を取れないのは、もうその女性たち自身のせいではないですよね。

「私たちの失敗を、次世代が再び犯さないように」という道先生たちのように、次世代のことを考えてみるといいかもしれません。今が手一杯だという人も、次世代へと視点を向けた瞬間、実はまだ自分にできることがたくさんあると気づくと思うんです。

道先生にも欠点はたくさんあるし、どの偉人もしくじっている。私は津田梅子さんのことをすごいパイオニアだと思っていますが、当時の意欲に燃えた若い女性からすると、優秀な学生にしか興味がないエリート主義者という見られ方をしていた。でも、こうして100年後から振り返ってみると、皆、目指した方向は同じだったと思うのです。誰1人が欠けても、今に続く道はなかった。

仕事でもプライベートでも今がどん詰まりだと感じる人は、過去のことを調べてみたり、次世代のことを考えてみたりするといいのではないでしょうか。少なくとも「自分が経験したバカバカしい苦労を次の世代にはさせたくない」という視点があるだけで、職場での同性との関係も変わっていくと思います。

——たとえば子供がいなくて次世代のことを親身に考えられないという場合でも、道先生のように、やり方はいろいろあるのだと感じました。

女性の地に足ついた地味さを書いていく

【柚木】女性の偉人の話がエンタメ化されない理由が分かったんですよ。薪割りして、家事をして、仕事して、薪割りして、家事をして、女友達と怪気炎を上げて、仕事して……と、とても普通なんです。平塚らいてうは「恋に生きた華やかな女」だと言われるけれど、恋をした相手は記録されているかぎりは片手で足りるくらい。それって普通じゃないですか。男性の偉人たちが、飲んですべてを失ったり、女に走ったりする展開に比べると絵にならない。

だけど、その地に足のついた地味な暮らしというのは、男の人たちがやってこなかったこと。人を傷つけることや、くだらないことには首を突っ込まず、粛々と自分のことをやってきた。それゆえに女性たちの人生が物語化されないのであれば、その地味さを書いていくしかないと思っています。

津田梅子を研究している方に、「津田梅子って、なぜ大河ドラマにならないのですか?」と聞いたら、「外国ロケが多いと、女性の話はドラマになりにくい」と言われました。まず、予算が組まれないらしいのです。梅子は少なくとも10年間アメリカに滞在していたので、人気の若手女優に生き生き演じさせたい少女時代の舞台が全部アメリカになってしまう。予算の問題のほかに、女の人が外国にいると「自分とは遠い人」「エリート」だと敬遠されてしまうという配慮もあるようです。

——らんたん』を読んで、先人たちの姿が、モノクロからカラーに変わった気がしました。

【柚木】できるだけ大勢の偉人を登場させつつ、分かりやすく書きたかったので、『アベンジャーズ』のように、それぞれ一瞬だけ見せ場を用意して、すぐ退場させるという構成にしています。皆さん実在の人物なので、この小説を読んで興味を持っていただけたら、ぜひもっと深掘りしてもらえるとうれしいです。

できれば若い人に読んでもらって、これまで歴史の教科書で名前しか知らなかった女性たちのことを、心にとどめてもらえたらいいなと思います。あと、GHQに約20人の女性将校がいたということも、声を大にして言いたいですね。

私自身、執筆する中で、たくさん知らなかったことを知りました。面白く読んでもらえるように書いたので、この小説で元気になってもらえたら。一色義子先生に、この小説の執筆の許可をもらった時、「何を書いてもいいけど1つだけ条件がある。読んだ時に女性が元気になるものを書いてね」と言われたのです。その約束は守れたかなと思っています。