渡米するのは良いことでは

残念ながら、日本のPTSD治療は遅れています。

たとえばアメリカでは、凶悪犯罪に巻き込まれる人も多いですし、かつてのベトナム戦争やイラク戦争、最近ではアフガニスタンなど、戦場でPTSDになる軍人もたくさんいます。患者が多いために、その反面で治療法の研究も進みました。日本では、阪神大震災や東日本大震災などでPTSDが注目されましたが、実際に診察に足を運ぶ人は多くありませんでした。

そうした背景もあり、個人的には眞子さんがこれから渡米されることは、いいことではないかと思っています。眞子さんはこれまで、大きな心の傷を受けてきたわけですから、日本で精神的に穏やかに過ごすことは難しいのではないかと思います。物理的に距離がとれるアメリカのほうがまだ、安心していられるでしょうし、PTSDの治療もアメリカの方が進んでいますから、より治療を受けやすいかもしれません。

病名にとらわれすぎないで

今回、眞子さんのことで「複雑性PTSD」という病名に大きな注目が集まりましたが、それに限らず精神疾患については特に、「病名」にとらわれすぎないでほしいと思っています。

精神疾患は、血液検査などで数値化して診断できるものではなく、ぱっと見ただけでわかるものではありません。また、例えば同じPTSDといっても、軽症から重症までさまざまな状態があります。さらには現時点が、改善しているプロセスのどのフェーズなのかは、当事者や主治医など、最初から一緒に見ている人にしか分かりません。

にもかかわらず、その病名を聞くと、多くの人が1つの固定化されたイメージを持ってしまいます。そして、そのイメージから少しでも外れていたら、「違う病気だ」「詐病だ」という人が出てくるのです。

これは「精神疾患あるある」です。たとえば「うつ病で休職している」と聞くと、「家で布団から出られない」「ずっと落ち込んでいて表情もない」といったイメージを持たれがちですが、当然、治療が進めば症状も変わってきて、「仕事には行けないけれど、カフェで読書はできる」という状態になることもあります。それなのに「あいつは会社を休んでカフェで本を読んでいるらしい。絶対にうつ病じゃないだろう」と言われたりしてしまうのです。

複雑性PTSDは、耳慣れない病名ですし、名前からして仰々しい印象で、「複雑性」とあるので、何か難しく深刻なイメージを持ってしまいます。でも、この病気もほかの精神疾患同様、一つのイメージでとらえることはできませんし、軽傷から重症までさまざまな状態があります。宮内庁が眞子さんの診断について公表した時に、一部の国民から「そんなはずはない」などと反発が上がったのは、こうした病名のイメージに引っ張られすぎた人がいたことのあらわれではないかと思います。

治療にあたる医療者にとって病名は、それによって治療方針が変わってくるので大切です。しかし、周りの人にとって最も重要なのは、病名が何であろうと、困っている人や悩んでいる人に寄り添うという姿勢です。そのことを忘れないでほしいと思います。

構成=池田純子

井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医

産業医・精神科医・健診医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、精神科医としては外来でうつ病をはじめとする精神疾患の治療にあたっている。ブログやTwitterでも積極的に情報発信している。「プレジデントオンライン」で連載中。