10月26日に小室圭さんと結婚した秋篠宮家長女の眞子さんは、「複雑性PTSD」と診断されています。精神科医の井上智介さんは「精神疾患については特に、周りの人には『病名』にとらわれすぎないでほしいと思っています。病名を聞くと、多くの人が1つの固定化されたイメージを持ってしまい、そのイメージから少しでも外れていたら、『違う病気だ』『詐病だ』という人が出てくるのです」と言います――。
結婚を翌日に控え、上皇ご夫妻にお別れのあいさつをするため、仙洞仮御所を訪問された秋篠宮家の長女小室眞子さん。宮内庁は、眞子さんが複雑性PTSDの診断を受けたと公表している=2021年10月25日、東京都港区
写真=時事通信フォト
結婚を翌日に控え、上皇ご夫妻にお別れのあいさつをするため、仙洞仮御所を訪問された秋篠宮家の長女小室眞子さん。宮内庁は、眞子さんが複雑性PTSDの診断を受けたと公表している=2021年10月25日、東京都港区

2018年に登場した新しい病名

眞子さんに関する報道で、「複雑性PTSD」という病名を初めて聞いたという人も多いでしょう。それもそのはず、複雑性PTSDは2018年に初めてWHO(世界保健機関)の国際疾病分類に登場した、比較的新しい病名だからです。ただ、病名として認知されたのは比較的最近ですが、それまでこうした症状の人がいなかったというわけではありません。

そもそも一般的なPTSDと複雑性PTSDは、どのように違うのでしょうか。はっきり分けられるものではありませんが、大まかな違いはあります。

まずPTSDは、災害や事故、犯罪など、1回きり、あるいは時間的な区切りのあるトラウマ体験によって引き起こされる病気です。

PTSDの典型的な症状は3つあります。1つ目はフラッシュバックです。フラッシュバックとは、その出来事の記憶がまるごと戻ってきて、まるで“今”それを体験しているような強い恐怖や不安に襲われます。その結果、冷や汗が出たり、過呼吸、動悸やめまいといった身体的な症状をともなうこともあります。

2つ目は、「危険回避」と呼ばれる症状で、原因となる体験をしたところと似たような場所に行くことや、その体験に関わった人と似た人に会うことなどを、避けようとするものです。似た環境を体験したり、別人であっても似た人を見るだけでも、不安を感じて先ほどのフラッシュバックが引き起こされる人もいます。

3つ目は「過覚醒」と呼ばれる神経の高ぶった状態がつづく症状です。なかなか夜寝つけなかったり、悪夢を見ることも増えます。ささいなことにイライラしやすかったり焦燥感にかられたり、他人に対して今までになかったような攻撃的な態度をとったり、急に怒りを爆発させたりすることもあります。

長期的な「トラウマ体験」で引き起こされる

単回のトラウマ体験が影響するPTSDに対して、長期的にトラウマ体験が反復されることで精神的に大きな傷を負うのが複雑性PTSDです。

その典型例は、親からの虐待です。DVや職場でのハラスメント、学校のいじめや体罰などでも起こり得ます。親の虐待やDV、職場でのハラスメントは逃げ道が見つけにくく、被害者は追い詰められてしまいます。親から虐待の被害を受けていても子どもが家を出るのは難しいですし、離婚や退職、退学、退部もハードルが高い。

アメリカ精神医学会では「ゴールドウォーター・ルール」という、実際に診察した主治医以外の医師が、公的な人物の病名などを推測して公的な場所でコメントしないといった倫理規定が定められています。言うまでもなく、外からどのように見えたとしても、実際に診察した医師以上の情報があるわけがなく、それよりも確実性の高い診断を下すことが困難だからです。そのため、眞子さんの件についても、発表された診断名のまま捉えて議論するのが一般的です。

特に眞子さんの場合は、特定の人からではなく、いろいろな人からすさまじい数の攻撃的な言動や誹謗中傷を受けていたということなので、相当なストレスになっていただろうというのは、想像に難くありません。これまで皇室にいて「逃げられない」「自分ではコントロールできない」という状況でしたから、相当な精神的負担がかかっていてもおかしくないと思います。

また、傷ついた人のそばにいることは、想像以上に体力も気力も消耗します。これをPTSDの二次的外傷といいます。小室さんやその母も攻撃的な言葉に苦しんでいたでしょうから、そばにいた眞子さんも社会への恐怖や不信感が強まったと考えても不自然ではないでしょう。

複雑性PTSDの症状

複雑性PTSDの症状は、先程挙げたPTSDの典型的な症状3つに加えて、さらに3つあります。

1つ目は感情のコントロールが難しくなること。虐待や体罰を繰り返し受け、ずっと怒りを抑えつけられていると、とくに自分のネガティブな感情をうまくコントロールできなくなってしまいます。ささいなことで怒りを爆発させてしまったり、急に感情が麻痺し、茫然として動きがストップしてしまうこともあります。

2つ目は、自分の存在を否定的にとらえてしまうことです。助けを求めても助けてもらえない現状に対して「自分は助けてもらう価値のない人間」と思ったり、「自分のように無価値な人間には生きている意味がない」と思い込んでしまうようになります。

3つ目は、他人を信用しづらくなること。他人と接することに恐怖心を感じ、身近な人にすら不信感を抱きやすくなります。

「適応障害」と言われることも

パワハラや苦手な人間関係によってストレスを抱え続けると、心身の不調があらわわれて、「適応障害」と診断されることもあります。適応障害はうつ病に進んでしまうこともあり、長期の治療が必要です。ただ、適応障害はストレスの原因が明らかで、軽症の段階であればその原因を取り除くだけでも症状は改善します。

しかし、毎日1時間以上罵倒されたり、長期間のセクハラを受けるという異常な体験が何度も繰り返されと、それが自分のなかでの日常になってしまいます。すると、自分がおかしいのか相手がおかしいのか分からなくなり、自分の世界観が揺らいでしまう複雑性PTSDに至ることもあります。フラッシュバックや危険回避行動が目立ち始め、上司に似た人を見るだけで恐怖を感じたり、自分には価値がない人間だと思うようになったりします。

複雑性PTSDの治療は、一筋縄ではいきません。治療を始める時には、安心・安全な環境で行うことが大前提になります。治療は、ある種、パンドラの箱を開けるようなところがあり、トラウマ体験を思い出して症状が強く出てしまう可能性もあります。

薬ひとつで治るものではなく、当事者が病気についての理解を深め、どう対処するのがよいかを学ぶといった、心理教育や精神療法を行いながら進めることになります。トラウマ体験からくる症状を認識したり、感情のコントロールをトレーニングしたりして、他人との信頼関係を構築していくもので、医師だけでなく、ライセンスを持ったカウンセラーも一緒に取り組みます。

暗い寝室に座っている落ち込んだ女性
写真=iStock.com/kitzcorner
※写真はイメージです

渡米するのは良いことでは

残念ながら、日本のPTSD治療は遅れています。

たとえばアメリカでは、凶悪犯罪に巻き込まれる人も多いですし、かつてのベトナム戦争やイラク戦争、最近ではアフガニスタンなど、戦場でPTSDになる軍人もたくさんいます。患者が多いために、その反面で治療法の研究も進みました。日本では、阪神大震災や東日本大震災などでPTSDが注目されましたが、実際に診察に足を運ぶ人は多くありませんでした。

そうした背景もあり、個人的には眞子さんがこれから渡米されることは、いいことではないかと思っています。眞子さんはこれまで、大きな心の傷を受けてきたわけですから、日本で精神的に穏やかに過ごすことは難しいのではないかと思います。物理的に距離がとれるアメリカのほうがまだ、安心していられるでしょうし、PTSDの治療もアメリカの方が進んでいますから、より治療を受けやすいかもしれません。

病名にとらわれすぎないで

今回、眞子さんのことで「複雑性PTSD」という病名に大きな注目が集まりましたが、それに限らず精神疾患については特に、「病名」にとらわれすぎないでほしいと思っています。

精神疾患は、血液検査などで数値化して診断できるものではなく、ぱっと見ただけでわかるものではありません。また、例えば同じPTSDといっても、軽症から重症までさまざまな状態があります。さらには現時点が、改善しているプロセスのどのフェーズなのかは、当事者や主治医など、最初から一緒に見ている人にしか分かりません。

にもかかわらず、その病名を聞くと、多くの人が1つの固定化されたイメージを持ってしまいます。そして、そのイメージから少しでも外れていたら、「違う病気だ」「詐病だ」という人が出てくるのです。

これは「精神疾患あるある」です。たとえば「うつ病で休職している」と聞くと、「家で布団から出られない」「ずっと落ち込んでいて表情もない」といったイメージを持たれがちですが、当然、治療が進めば症状も変わってきて、「仕事には行けないけれど、カフェで読書はできる」という状態になることもあります。それなのに「あいつは会社を休んでカフェで本を読んでいるらしい。絶対にうつ病じゃないだろう」と言われたりしてしまうのです。

複雑性PTSDは、耳慣れない病名ですし、名前からして仰々しい印象で、「複雑性」とあるので、何か難しく深刻なイメージを持ってしまいます。でも、この病気もほかの精神疾患同様、一つのイメージでとらえることはできませんし、軽傷から重症までさまざまな状態があります。宮内庁が眞子さんの診断について公表した時に、一部の国民から「そんなはずはない」などと反発が上がったのは、こうした病名のイメージに引っ張られすぎた人がいたことのあらわれではないかと思います。

治療にあたる医療者にとって病名は、それによって治療方針が変わってくるので大切です。しかし、周りの人にとって最も重要なのは、病名が何であろうと、困っている人や悩んでいる人に寄り添うという姿勢です。そのことを忘れないでほしいと思います。