1月14日、「歌会始の儀」が行われた。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「和歌には人間性が表れる。国民の間で『愛子天皇』待望論が高まるのも、愛子内親王の歌が人に向かって開かれたものであるからだ」という――。

御製にふさわしい今上天皇の歌

新しい年を迎えることは、誰にとっても華やかでめでたいことである。とりわけ、皇室では重要な儀式が続き、国民もそれに強い関心を向ける。

元日には「新年祝賀の儀」があり、そこには内閣総理大臣をはじめ、衆参両議院の議長、最高裁判所の所長などが参列した。2日には「新年一般参賀」が行われ、今年も6万人を超える参加者があった。

9日には「講書始の儀」があり、天皇夫妻をはじめ、皇族などが参加して、各界の権威から講義を受けた。そして、14日には、「歌会始の儀」が行われた。

「歌会始の儀」に出席された愛子さま=2026年1月14日午前11時14分、宮殿・松の間(共同通信代表撮影)
写真=共同通信社
「歌会始の儀」に出席された愛子さま=2026年1月14日午前11時14分、宮殿・松の間(共同通信代表撮影)

一方で、天皇の場合には元旦から各種の宮中祭祀に臨む。元旦には「四方拝」と「歳旦祭の儀」があり、3日には「元始祭の儀」が、4日には「奏事始の儀」がある。奏事始の儀は、宮中祭祀を司る掌典長が、伊勢神宮および宮中の祭事のことを天皇に報告する儀式である。伊勢神宮では、昨年から次の式年遷宮に向けての準備がはじまっている。

歌会始の儀で披露された今上天皇の歌は、「天空にかがやく明星眺めつつ新たなる年の平安祈る」であった。これは、夜明け前から行われる四方拝や歳旦祭の儀を行った際に賢所かしこどころの回廊から見た明けの明星(金星)の美しさを詠んだものである。そこには、国民の平安を祈る天皇の強い気持ちが示されている。天皇の歌は「御製ぎょせい」と呼ばれるが、まさに御製にふさわしい歌であった。

「とんぼ」を詠んだ悠仁親王

新年における皇室の行事はテレビのニュースでも伝えられるが、歌会始の儀については、全編がNHKによってテレビ放送された。そこに寄せられた歌を披露することは「披講ひこう」と呼ばれ、それを担当するのは、「披講会」という団体に所属している旧華族の人々である。

彼らは、司会役の「読師どくじ」からはじまって、節をつけずに詠む「講師こうじ」、節をつけて詠む「発声」、第2句からそれに合わせる「講頌こうしょう」といったそれぞれの役割を果たす。その詠み方は独特で、強く印象に残る。おそらくは、歌会始の儀がはじめて記録された鎌倉時代中期のやり方が踏襲されているものと考えられる。

今年の一連の儀式には、成年皇族の仲間入りを果たした秋篠宮家の悠仁親王が初めて参加し、そのことがニュースとして伝えられた。悠仁親王が詠んだ歌は、「薄明かり黄昏とんぼは橋のうへ青くつきりと俊敏に飛ぶ」というものであった。

悠仁親王がトンボに強い関心を示してきたことは、これまでくり返し伝えられてきた。高校時代には、国立科学博物館が刊行する学術雑誌に、共著で「赤坂御用地のトンボ相 多様な環境と人の手による維持管理」という論文を寄稿している。筑波大学生命環境学群生物学類に進学したのも、そうした関心に基づくものだった。この歌によって、悠仁親王といえばトンボというイメージが改めて強まったのではないだろうか。