部下との約束

――結衣は部下に「残業を減らしたら給料を上げる」と約束し、部長に働きかけます。管理職になった女性がそうやって動いていくのが痛快でした。

【朱野】現実的にはなかなかできないでしょうが、結衣は小説の主人公だから頑張ってほしいという思いがありました。現実でも今、労使交渉が注目されています。最近だと保育士さんたちが「労働環境が改善されないと、安心安全な保育ができない」と保育園の経営側と交渉した例もありました。そもそも日本で初めてのストライキを起こしたと言われているのは雨宮製糸工場の工女たちで、若い女性たちなんですよね。

残業
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――3作目にして結衣の年収がはっきり示されたのも印象的でした。

【朱野】賃上げの話なので、そこをオープンにしないと始まらない。年収額はいろんな人に取材して決めましたが、連載している雑誌にそのエピソードが掲載されたときは、「具体的な数字を出さなきゃよかったな」とけっこう落ち込み、1週間ぐらいろくに眠れませんでした。というのも、非正規雇用の人も含めた女性の平均給与(編集部注:2019年で295.5万円/国税庁)からすると決して低くはない額なので、「なんだ、たくさんもらえているんだ」と思われるかもしれない。私も会社員時代、結衣ほどの給料をもらったことはないですし、高すぎて「私とは違う人だ」と思われてしまうかもと……。逆にバリキャリの人から見ると「そんなに低いの」と思われるかもしれませんね。同じデジタル産業でも、結衣より上の世代はもっともらえていたという話も聞きました。

――死ぬほど仕事して会社を支えている晃太郎の年収も意外な金額でした。

晃太郎と同世代の人からは「あの数字はリアルだったよ」と言ってもらい、ほっとしました。「リアルすぎて平常心じゃ読めない」とも。やはり氷河期世代の人はみんな多かれ少なかれ、中途入社した晃太郎のように這い上がるということを経験しているんですよね。