取り返しに行った「3度目の辞表」
しかし、こうした仕事が一区切りついた頃、長嶋さんは3度目の辞表を提出する。友人が立ち上げた、次世代リーダーの育成活動を展開するNPOに誘われたのだ。
上司の返答は「辞表は1週間預かっておく」。その週末にNPOで打ち合わせをした長嶋さんは、リクルートで自身の体に染み込んだスピード感とは合わないことに気づく。そして思い直し、上司のところに辞表を取り返しに行った。「その時の上司には、いまだにその時のことを持ち出してからかわれるんです。『辞表を取り返しに来たんだよな』って」
「結局、3度とも退職せずに済んだのは、『この仕事はどこが面白いのか』を解明したい性分に加えて、上司のおかげが大きかったと思います。辞表を出した時の上司は皆、こちらの琴線に触れるコミュニケーションができたり、私の行動を先読みする洞察力があったりする人でした。本当にありがたいですね」
意欲喪失や退職の危機を、持ち前の“解明したがり”な性分と上司のおかげで乗り越えてきた長嶋さん。この性分は、次の異動先であるブライダル事業でも真価を発揮する。
華やかな「ピンク色の世界」への異動
突然の異動に、最初はまたしても大ショックを受けた。営業や人事と違い、ブライダル部門は媒体も目にする資料もすべてがピンク。もともと女子感全開なものが苦手で、しばらくは周囲の感覚とのギャップに苦しんだという。
しかし、自分の苦手な世界を好む人はどこに魅力を感じているのか、ビジネスとして成立しているのはなぜかと疑問を持ち、その解明に挑戦。『ゼクシィ』の読者1000人以上にインタビューする、本人いわく「カスタマー1000本ノック」を敢行した。
「皆さんの夢や思いを聞いて、ピンクや派手婚を嫌っていた自分は何て傲慢だったんだろうと恥ずかしくなりました。この事業の意義や伸びしろに気づけたのも、お客様の声があったからこそ。『カスタマーファースト』の大切さを知り、価値観がガラッと変わりましたね」
価値観の変化を経て、長嶋さんは執行役員に、次いで人材派遣会社「リクルートスタッフィング」の社長に就任する。ここではリーマンショックによる派遣切りや派遣法の規制強化などにも直面したが、持ち前の行動力でビジネスモデルの構築やロビー活動に取り組み、たびたびの困難を乗り越えた。
もちろん、経営者としての悩み苦しみも味わった。業績回復のためにあえて厳しい施策を選んだ時は、寝ても覚めても「本当にこれでいいのか」と考え続けた。最終判断を下すのも自分なら、責任をとるのも自分。結果的に業績を上向かせることはできたが、この時期は経営者の孤独を心底実感したという。