妊娠中も指導を受けながらトレーニング

そんな時、なでしこジャパンのチームドクターでもある土肥美智子医師が、日本スポーツ科学センター(JISS)に産前・産後期アスリートを支援するプログラムがあると紹介してくれた。

「それで、JISSのトレーニング指導を受けられることになったんです。所属チームには男性のトレーナーしかいなかったのですが、JFA(日本サッカー協会)が女子代表のトレーナーである中野江利子さんを日テレのクラブハウスに派遣してくれました。手足のストレッチなど、負荷の軽いメニューを一つひとつ丁寧に教えてもらいましたし、同性の方が対応しやすい箇所のトレーニングや治療もしてくれました。そういうサポートは非常に心強かったです」

食事面のコントロールも必要だった。長年、女子サッカー界のトップを走ってきた岩清水選手は、日常的にハードなトレーニングや試合をこなしていたため、食事も好きなものを好きなだけ摂取するスタイルだった。妊娠前は、それでも全く太ることはなかったという。しかし、本格的にプレーできない妊娠中はそうはいかない。

「妊娠しても、10kg以上は体重を増やさないでくれ」

産婦人科の健診で担当医に言われ、初めて食事制限を試みた。

「それまでも自炊はしていましたし、料理をするのも嫌いじゃなかった。バランスを考えた食事は心掛けていました。でも、量を減らしたり、炭水化物を少なくするというのは結構つらかったですね。お腹が大きくなってくると、動くのもおっくうになりがちなので、余計に食事に気を付けようと思いました」

妊娠前、試合中の岩清水選手
写真提供=東京ヴェルディ
妊娠前、試合中の岩清水選手。最終ラインの統率力は際立っている

32時間かかった出産、「やっと終わった」

こうして、妊娠中もアスリートであることを忘れず過ごし、臨月を迎えた岩清水選手。出産予定日の2020年3月1日の深夜、日付が変わる直前に陣痛が来た。初産は予定日よりも早まったり遅れたりしがちだが、ここまでは計画通り。しかし、その先がとにかく長かった。

「長年、アスリートだったせいか、体の筋肉が多くて硬かった分、子宮口がなかなか開かず、ずっと痛みが続いたんです。私はサッカーでいろんな痛みを経験しましたけど、出産の痛みは想像をはるかに超えるものがありました」

「結局、32時間格闘が続き、3月3日の朝9時に息子の産声を聞くことになりました。生んだ瞬間の心境は『やっと終わった』(苦笑)。疲れ切った印象しかないです。それでも痛みはすぐに忘れるし、子供の圧倒的なかわいさが先に立つ。だから女性は何人も子供が欲しいと思えるんでしょうね(笑)」