賢母は国民を静かに諭す
そんな中メルケル首相は9月12日、同月15日の「国際民主主義デー」に合わせてビデオメッセージを寄せ、最初にドイツが民主主義国家であり、民主主義が機能し、コロナ対策がうまくいっているのは市民のおかげであると称えた。
「ドイツでは民主主義と自由、法治国家と政治的共同責任が根付いていることは幸運です。(中略)」
「市民の大多数が(コロナへの対策)を支持しているということは、社会の弱者を気遣う共同体意識が顕著であることを示しています。そのことを私たちは誇りに思うことができます」
そしてコロナ対策により、大変な思いをしている国民がいることを認識しているとした上で、コロナに反対する人たちを示唆する発言をした。
「誰でも自由に、政府の決定を公の場で批判することができます。誰でも平和的なデモにおいて自分の意見を表現できます。これが法治国家の最高の資産です」
「表現の自由や公開討論、(デモヘの)参加を抑圧しない国家、それどころか保証する国家であることに、世界中の多くの人が私たちをうらやましく思っています。『国際民主主義デー』は、一人ひとりが、私たちの国の民主主義をさらに強固にすることに貢献できることを思い出すよい機会です」
続けて民主主義国家であることを強調し、政府は国民の意見を聞く用意があることを示すとともに、極右勢力を牽制した。政党「ドイツのための選択肢」は連邦議会で「コロナ対策は不適切である」「パニックを焚きつけるな」と発言していたのだ。
ロックダウンを避けるためには「何でもする用意がある」
極右勢力は外国人排除を訴えるなど、社会の分断を促し、民主主義を歪めようとする傾向がある。政府のコロナ対策についても反対デモにお墨付きを与えるような発言や行動をしており、民主主義のもと一丸となって団結を呼びかけるメルケル首相とは相反する。
コロナ禍当初からずっとコロナ対策の順守を呼びかけているメルケル首相の警告を、ドイツでは何度も耳にしており、聞き飽きている人もいるだろう。しかし9月30日、メルケル首相は議会演説で語気を強めて警告し、その声は緩みかけていた意識を引き締めるのには十分だった。
「新たな全国一斉シャットダウンを避けるために、何でもする用意があります」
メルケル首相は淡々としていることが多いが、珍しく力のこもった口調だった。「私たちは話し、説明しなければなりません。(ことの重要さを対策に反対する人に)伝えなければなりません」と、暗に反対者がいることを示唆し、コロナ対策に否定的な人たちが増えていることも認識している様子。説得を通して理解と協力を得ることで、室内で人と会う機会が増える秋と冬を乗り越えられるとした。
実際、レストランやコンサート会場などでは名前と連絡先を明記しなければならないが、この頃は偽の情報を書く人が後を絶たず問題となっていて、演説では偽情報を明記した人には50ユーロ(約6000円)の罰金を科すことも提案。強い口調と合わせてこれまでの努力がすべて無に帰さないようにという危機感が漂っていた。
日本で新聞記者を経て、1996年よりドイツ在住。ドイツの政治経済、環境、教育についてさまざまな媒体で執筆。 著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』『市民がつくった電力会社 ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』、共著に『『お手本の国』のウソ』など。