車掌を経て、入社4年半で運転士見習いとして営業車に乗車するようになる。見習い中の数カ月は、担当の教官がつきっきりで実地指導にあたるそうだ。
「初めて運転したときは、研修センターで学んだとおりにしているのに、自分が電車を動かしている実感がなく、不思議な感覚でした。教習の先生はもう親みたいな存在です。丁寧な指導に応えようと必死で技術を習得しました」
運転士になっても学びは続く。小田急電鉄では走行区間ごとに、運転士や車掌など乗務員がグループになって区間の仕事を分担する。主任運転士を区間組長に、新人がくれば面倒を見るし、先輩の豊富な経験談を共有するなど、縦横のネットワークがしっかりしているので、働きやすいという。
「11年この仕事をしていて、まったく同じような乗務はなかったように思います。変化が多い仕事ですから、その時々で困り事があれば相談でき、安全な列車運行を補完し合える社内文化があってよかったです」
運転士の仕事は不規則な一昼夜勤務で、人命を預かる責任は重く、時間の正確さも要求される激務。ベテラン男性運転士でも業務を終えるとクタクタになるそうだ。
「乗務を終えて電車を降りるまで気が休まらない仕事です。子どもを持ったらこの仕事を継続するのは難しく、異動か退職を考えるしかなかった。でも私は何があってもこの仕事を辞めたくなかったので、女性乗務員で集まり、会社に意見を伝え、組合にも相談して駅員や乗務員が使える短時間勤務制度をつくってもらいました。晴れて育休復帰後も乗務員を続けられるようになり、運転士で短時間勤務制度利用者は私が第1号でした」
女性乗務員がキャリアを積みやすくなった
大中さんのような先輩がいることで、ライフイベントがあっても仕事を続けられる雰囲気が定着し、女性乗務員がキャリアを積みやすくなったそうだ。新人採用の場面でも、女子学生からの関心が高まっている。
「一緒にやっていく女性乗務員が増えるのはうれしいです。人数が増えれば、例えば、まだ数が少ない女性用宿泊所が増え、女性が勤務できる路線が増えるし、それまで男性しかできなかった作業が経験できるようになるといいですね」
大中さんたちがコツコツと切り開いた道を、後輩乗務員がぞくぞくと追ってくることが喜びだという。
「息子が運転士の母を『かっこいい!』と誇らしく思ってくれていることが一番の励み」と語る大中さんは、次の夢、「特急ロマンスカー」の運転士をめざして進んでいく。
構成=モトカワマリコ 撮影=荒井孝治
兵庫県出身。高校時代に電車の運転士に憧れる。大学進学後も夢は変わらず、卒業後、小田急電鉄に運転士採用で入社。運転士の社内試験に合格後、運転士見習いを経て国家資格「動力車操縦者運転免許」を取得。入社5年目で運転士に。30歳で出産・育休取得後、5時間乗務の短時間勤務中。