男性中心、24時間勤務が当たり前の職場。だが、母になっても、せっかく手に入れたキャリアをあきらめたくない、仕事を続けたいという強い思いで会社と交渉。新しい働き方を開拓した。

女性運転士の仕事愛がかなえた短時間勤務体制

「終点の新宿駅に到着してブレーキをかけ、お客様が降車された時『やった』と思いほっとします。小田原~新宿間の1時間半を無事故で時刻表どおりに運行できたことに、毎回深い達成感を感じるんです」

運転士 大中佐智子さん
運転士 大中佐智子さん

高校時代から憧れ続けた電車の運転士をめざし、大中佐智子さんが小田急電鉄に入社したのは、専門職として車掌や運転士などの女性乗務員募集が始まった3期目だった。女性の先輩は5人、運転士見習いまで進んだ女性がやっと1人の時代だ。

「入社後数カ月はまず駅員の仕事をします。最初の勤務地は新宿駅。初めて見たラッシュにはびっくりしました。乗務員志望なので、男性同期と同じようにホームに立ちたいのに、新人女性の担当は窓口業務。後に経験できるのですが、そのときは男性に負けたくないという焦りから、同期や先輩に必死でアピールし、ホームでの業務を見学させてもらったりしました」

車掌を経て、入社4年半で運転士見習いとして営業車に乗車するようになる。見習い中の数カ月は、担当の教官がつきっきりで実地指導にあたるそうだ。

マイ ヒストリー

「初めて運転したときは、研修センターで学んだとおりにしているのに、自分が電車を動かしている実感がなく、不思議な感覚でした。教習の先生はもう親みたいな存在です。丁寧な指導に応えようと必死で技術を習得しました」

運転士になっても学びは続く。小田急電鉄では走行区間ごとに、運転士や車掌など乗務員がグループになって区間の仕事を分担する。主任運転士を区間組長に、新人がくれば面倒を見るし、先輩の豊富な経験談を共有するなど、縦横のネットワークがしっかりしているので、働きやすいという。

「11年この仕事をしていて、まったく同じような乗務はなかったように思います。変化が多い仕事ですから、その時々で困り事があれば相談でき、安全な列車運行を補完し合える社内文化があってよかったです」

運転士の仕事は不規則な一昼夜勤務で、人命を預かる責任は重く、時間の正確さも要求される激務。ベテラン男性運転士でも業務を終えるとクタクタになるそうだ。

「乗務を終えて電車を降りるまで気が休まらない仕事です。子どもを持ったらこの仕事を継続するのは難しく、異動か退職を考えるしかなかった。でも私は何があってもこの仕事を辞めたくなかったので、女性乗務員で集まり、会社に意見を伝え、組合にも相談して駅員や乗務員が使える短時間勤務制度をつくってもらいました。晴れて育休復帰後も乗務員を続けられるようになり、運転士で短時間勤務制度利用者は私が第1号でした」

女性乗務員がキャリアを積みやすくなった

ダイヤグラムは列車の所要時間や停車駅・時間がひと目でわかる図表。乗務員、駅員の必需品でもある。新人駅員時代、ホームに立ってこれを手に乗客を案内するのが大中さんの夢だった。
ダイヤグラムは列車の所要時間や停車駅・時間がひと目でわかる図表。乗務員、駅員の必需品でもある。新人駅員時代、ホームに立ってこれを手に乗客を案内するのが大中さんの夢だった。

大中さんのような先輩がいることで、ライフイベントがあっても仕事を続けられる雰囲気が定着し、女性乗務員がキャリアを積みやすくなったそうだ。新人採用の場面でも、女子学生からの関心が高まっている。

「一緒にやっていく女性乗務員が増えるのはうれしいです。人数が増えれば、例えば、まだ数が少ない女性用宿泊所が増え、女性が勤務できる路線が増えるし、それまで男性しかできなかった作業が経験できるようになるといいですね」

運転士としての3か条

大中さんたちがコツコツと切り開いた道を、後輩乗務員がぞくぞくと追ってくることが喜びだという。

「息子が運転士の母を『かっこいい!』と誇らしく思ってくれていることが一番の励み」と語る大中さんは、次の夢、「特急ロマンスカー」の運転士をめざして進んでいく。