ペストがもたらした人間中心主義のルネサンス
中世のヨーロッパで黒死病と呼ばれ大流行したペストは、それまでの中世社会を大きく変え、近代へ移行させます。
14世紀のヨーロッパでは、カトリック教会が権勢を極めていました。そこにモンゴルからイタリア本土に上陸したペストが流行し、ヨーロッパ中を恐怖に陥れます。
ペストを「神の罰」と考え、自らをムチで打つといった過激な信仰心を示す人々がいる一方で、教会の権威にすがるのではなく人間らしさを追求しようというルネサンスや、宗教改革の運動が広まっていきました。これらの運動は近代西洋思想のベースにもなっていきます。
ルネサンスを代表する作品が、ボッカッチョの『デカメロン』です。イタリアの庶民の日常を生き生きと描いた作品として有名ですが、前半はペストのリアルな描写が続き、当時の様子を伝える資料としても貴重な文献になっています。
このようにペストは、キリスト教社会だった中世ヨーロッパを大きく揺るがし、歴史に変革のうねりを生み出したのです。
Topic2 世界初のバブルと産業革命
チューリップの球根たった1個で家が買える
1602年、世界初の株式会社・オランダ東インド会社が設立されました。アジア貿易を独占したオランダは、17世紀前半、世界貿易の50%を占める貿易大国となります。
貿易で得た莫大な利益がアムステルダムに集まって豊かになった人々は投資に夢中となり、チューリップの球根が高騰しました。一般市民を巻き込んだ投資マネーは制御不能な値上がりをみせ、球根1個で家が買えるほどに。これが世界初のバブル経済と呼ばれる「チューリップ・バブル」です。
初めてバブル経済を経験した人々が、球根の高騰はバブル(泡)であり、ニセの価値だと理解することは不可能でした。37年、高騰しすぎたチューリップ市場からプロの投資家たちが一斉に売り逃げし、球根価格は暴落。バブルは崩壊し、多くの庶民が多額の負債を抱えて苦しむことになりました。
「バブル」という言葉に国が踊らされたイギリス
18世紀のイギリスでは、「南海バブル事件」が起きます。フランスとの植民地戦争で資金難に陥ったイギリス政府が、大量の国債を発行し、その引受先として設立したのが南海会社でした。
設立と同時に引き受けた国債と同額の株式発行を許可したことで、本来の事業は赤字であるにもかかわらず、同社の株が高騰。1720年、プロの投資家が一斉に手を引き、バブルが崩壊します。
貿易や株式会社など、近代経済システムが広まる中、投機バブルとその崩壊というジェットコースターのような急激な変動は、人々を熱狂と絶望の渦に巻き込みました。多くの企業が倒産し、人々は破産しましたが、そこに勝機を見つけて生き残った企業や人が次の時代の礎となっていきます。イギリス人は地道なものづくりに価値を見いだし、18世紀後半に始まる産業革命へと発展させていきました。