あえての「イクメンプロジェクト敗北宣言」
政府の委員をお受けしたら、事前に定義された枠の中で成果を出すべく、素直に動くのが常識だとは思います。しかし、イクメンプロジェクトの委員たちはプロジェクトで集まるたびに、終了後に厚労省の職員には席を外してもらい、委員のみで問題意識について話し合うということを始めました。そして二〇一八年の九月。会議終了後、ついに「このイクメンプロジェクトの敗北宣言をしよう」というアイデアが浮上したのです。「一〇年間やりましたが、男性本人への周知事業だけでは、効果がありませんでした!」と委員メンバーが、「ちゃぶ台をひっくり返して」謝る記者会見を開くのです。そしてその場で、「本気で少子化を解決しようと思うならば、本人への周知事業ではなく、企業に対して男性育休義務化制度を作るべき」と発信しようという内容でした。
同じ時期、天野は「待機児童問題は、女性の問題に矮小化されていることが本質的な原因。男性育休を義務化し、男性が当事者にならないと政府は本気でこの問題に向き合わない」と駒崎さんに力説していました。そこで、駒崎さんに引き合わせてもらって、天野、小室らで集まり、本気で男性育休義務化について話し合いを始めたのです。
イクメンプロジェクトでのあの憤りがなかったら、以前から頭にあった「男性育休義務化」について本格的に始動しよう、と動き出していなかったかもしれません。二〇一八年末から二〇二〇年現在まで、この有志でのミーティングは毎月続いています。有志メンバーで白熱した議論を繰り返し、粘り強く各所に働きかけていった結果、「男性の育休『義務化』を目指す議員連盟」が発足し、自民党に育休のあり方検討PT(プロジェクトチーム)会議が設置されて一〇回にわたる議論が重ねられ、政府の骨太の方針へ盛り込まれるという流れになりました。
骨太の方針とは、この先の日本が取るべき政策を取りまとめ、正式に閣議決定されるものです。ここに盛り込まれるということは、政府の予算がつき、具体的な施策へ進んでいくことを意味します。
二〇二〇年、ようやく一歩前進した男性育休制度
自民党の育休PTが二〇二〇年三月に終わり、同年四~六月は新型コロナウイルス対策一色となりましたが、本書の原稿を執筆しているさなか、二〇二〇年七月一七日に閣議決定された骨太の方針に「配偶者の出産直後の男性の休業を促進する枠組みの検討など、男性の育児休業取得を一層強力に促進する」という文言が入りました。昨年の文章には入っていなかった「配偶者の出産直後の男性の休業」という言葉は、議連や育休PTで提言してきた「産後うつ防止には出産直後に取得できる枠組みが重要」ということが盛り込まれた形です。
昨年までの骨太の方針は八〇ページ近くのボリュームがあるのに対して、二〇二〇年版は三九ページ。新型コロナウイルス対策に膨大な予算が取られることから、骨太の方針内に記載が残った項目自体が半減しました。そうした中で、男性育休の項目がより踏み込んだ内容として記載されたという点は、特筆すべきことだと思います。
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資生堂を退社後、2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを設立。1000社以上の企業や自治体の働き方改革コンサルティングを手掛け、残業を削減し業績を向上させてきた。その傍ら、残業時間の上限規制を政財界に働きかけるなど社会変革活動を続ける。著書に『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)『プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)他多数。