おなかから声を出そう
わたしは毎朝、四時半には起きます。それからすべての窓を開け放って各部屋の空気を入れ換え、寺の門を開けます。その後、朝のお勤めになるわけですが、その際の読経が「健康法」になっているのではないか、と思っています。
読経ではおなか(丹田=おへその下、約七・五センチ)から声を出します。そうしないとよく通る声にはならないのです。おなかから声を出すには姿勢を正しくしなければなりません。
腰(骨盤)を立て、背骨を真っ直ぐ伸ばす。少しそっくり返るような感覚がするかもしれませんが、それが頭のてっぺんと尾てい骨が一直線上に位置している正しい姿勢なのです。読経のときは正座ですが、足を結跏趺坐というかたちに組んでおこなう坐禅でも、上半身の姿勢はまったく同じです。
前屈みの姿勢でいると、内臓が圧迫されて負担が大きくなります。内臓にいちばん負担がかからないのが正しい姿勢です。
声もよく響きます。そのときの呼吸は深く、ゆっくりしたものになっています。酸素が十分にとり込まれる呼吸です。その結果、全身の血のめぐりがよくなる。おなかから大きな声を出すと、身体があたたかくなってくるのはそのためです。
血流のよさは健康であるために欠かせない条件でしょう。読経が健康法になっている所以がそこにあります。
「声だし習慣」は健康状態のバロメーターになる
一般的な日常生活とお経は縁がないと思われているかもしれませんが、朝、仏壇の前で『般若心経』をあげているという人は、案外、少なくないのです。『般若心経』は二六〇字余りの短いお経ですから、生活にとり入れるのもそれほど難しいことではないと思うのですが、いかがでしょうか。
もちろん、お経でなくてもかまいません。おなかから声を出す習慣をもつことは、健康上とてもよいことだと思います。気に入った詩や文章の一節を音読する、その日のスケジュールを声に出して確認する、歌をうたう……。何か自分に合ったものを見つけたらいかがでしょう。
声を出すことを習慣にしていると、それがその日の健康状態を知るバロメーターになります。わたしの場合がまさにそうなのですが、日によって声の出方が違うのです。体調がいいときは部屋中に響くような声が出るのに対して、体調が思わしくないときはくぐもったような声になるのです。
体調がわかれば、その日の行動調整ができます。
「きょうは調子がいいから、少々、がんばっても大丈夫だな」
「体調がイマイチだから無理をしないように心がけよう」
といった具合。体調に合わせた動き方をすることで、大きく健康を損なうことがなくなります。
今日からできる「声だし習慣」入門編
「朝、声を出す習慣ね。たしかにいいと思うが、ちょっとハードルが高い気がする」
そんな人もいるでしょう。「入門編」もあります。手始めに大きな声で挨拶することを家族間の朝のルールにするのです。かつての日本では祖父母、両親、子どもたちという三世代が同じ家に暮らすというのがふつうでした。
その時代の朝は、「おはようございます!」「おはよう!」という元気な声が飛び交っていたものです。挨拶はしつけの基本中の基本だったからです。しかし、時代を経たいま、核家族化が進み、しつけは蔑ろにされ、家族間でも挨拶を交わさない、という家庭が増えているように感じます。
かつての姿をとり戻すべきでしょう。家族間に新しいルールをつくることで、家庭の空気は変わります。慣れ親しんで(馴れ合って)いるゆえにどこか停滞した空気感に、清々しい風が吹き込みます。
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1953年、神奈川県生まれ。多摩美術大学環境デザイン学科教授。玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行ない、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。また、2006年『ニューズウィーク』誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。