未就学時の教育が40年後の人生に影響する?

では、ヘックマンの研究のどこが問題なのでしょうか。その説明の前に、ヘックマンの研究について触れておきます。

ヘックマンの専門は労働経済学です。そのため、教育を、個人の所得や労働生産性を伸ばすための「投資」として捉えます。どのような教育投資をすれば、効果的に所得や労働生産性を上げることができるか? や、教育政策への投資が社会にとって有効か? という観点から研究をしています。

すでに多くの書籍などでも説明されている有名な研究ですが、ヘックマンらは、1960年代に低所得層のアフリカ系米国人の子ども123名に対して行われた教育プログラムで、未就学児など早い段階での教育が、40歳になった時の彼らの、学歴、犯罪歴、離婚率、生活保護等に頼る率に影響を及ぼすことを示しました(教育をした人の方が高卒率が高く、犯罪歴などは低かった)。

この結果から、早期(未就学児。〜5歳)教育の重要性を主張し、とくに重要なのは、早期教育が、IQなどではなく、非認知能力を育てることだと結論づけています。

ヘックマンの研究の問題点3つ

この有名なヘックマンが示した研究(ペリー就学前計画)については、実は、科学的には大きく3つの問題点があります。

1.非認知能力は直接観察検証していない

このヘックマンが紹介した研究では、未就学時にプログラムを受けた人は、40年前後の追跡調査で、高い年収や、低い犯罪率などを示すという結果だったわけなのですが、一方で、学力については、小学校中学年以降、差が見られず、プログラムを受けたか受けなかったかでIQの違いは見られませんでした。そこで、このような結果の差を生んだのは、「学力やIQ(認知スキル)以外の何か」であり、“非認知能力”であろう、と示唆されたのです。つまり、具体的には非認知能力の測定は行われていなかったのです。

2.少ない実験サンプル

プログラム介入の効果を検証するには、123名というのは小規模です。そのため、このプログラム介入による効果が、大規模サンプルに拡張しても同じだけ見込めるという保証はなかったのです。

3.低水準が平均より少し低いくらいまでになるというエビデンス

ヘックマンらも述べていますが、この研究は、アフリカ系米国人の貧困層の子どもを対象としている研究であることが重要なポイントの一つです。将来的にもさまざまな格差を生むことが問題視されていた貧困層の子どもが、教育プログラムを受けることで、低水準から平均に近い(それでも平均以下なこともポイントです)いわゆる、追いつき効果を示すものです。つまり、教育に高い関心をもつ多くの日本人が考えているような、中流家庭以上の子どもの平均水準から高水準への上乗せの効果が期待できるかどうかは疑わしく、そこに対する科学的根拠には全くなっていません。