たった1日で試作品をつくり、提案

マスクは衛生用品であり、開発・生産に手を出すのは難しい。でも、紐だけならいいんじゃないだろうか、そう考えた二人は、さっそくネックストラップに使用するクリップとストラップを使って試作品を作り、翌日には小売店のバイヤーに持ち込んだ。その名も「なんでもマスク」だ。

どこでもマスク
なんでもマスク。写真提供=A.Y.Judie

しかし、バイヤーは「いいね」とは言ったものの、マスクだと売り場が違うので担当者が代わると言われてしまう。

そこで、たくさんの人の目に留まったらいいと考えた二人は、プレスリリースを出してみることにした。香南子さんがパッケージを、順子さんは加工仕様書の準備を大急ぎで行い、4月1日にプレスリリースを配信することができた。

すると、一般の人のツイッターで火が付き、1日でたちどころに2万リツイートされた。だが、二人はそのことを全く知らず、順子さんは友人から「話題になっているよ」と教えてもらったのだという。

発売日に用意した800個は10分で完売

プレスリリースを配信した翌日には、「どこで買えるのか」という問い合わせが全国から殺到し、翌日から予約販売を開始。発売日当日までに何とか800個を用意したが、10分で売り切れてしまった。次第にリピーターも増え、8月末までに計7万個が販売されたという。

「年配の方々からの問い合わせがとても多かったです。『こんな時期によく考えたわね』とたくさんの感謝の言葉を言ってもらえた。すごく満足感がありました」と順子さんはほほ笑む。「だれの役にも立っていない」と神戸の街を歩いていた順子さんだったからこそ、その喜びはひとしおだったことだろう。

順子さんの夢の半分は、「人の役に立つこと」だった。この願いはかなったと言っていいだろう。でも、まだ残り半分の夢は順子さんの中にある。

「今までは“ちょっといい暮らし”を提案してきました。ですが今は、ちょっとしたアイデアで、より多くの人に喜んでもらえることをやりがいに感じています。今後は、人々の悩みの解決に特化した商品に集中していきたいですね」

母娘の夢は続く。

土屋 順子(つちや・じゅんこ)
A.Y.Judie 代表取締役会長 兼 デザイナー

1958年長野県出身。東京家政大学卒業。電子機器メーカーに就職。友人に刺激を受けて、夜間学校にて簿記1級と税理士試験科目(財務諸表論、簿記論、法人税)に合格。夫の食料品店の共同経営を経て2006年、A.Y.Judieを設立。

土屋 香南子(つちや・かなこ)
A.Y.Judie 代表取締役社長

1988年長野県出身。早稲田大学国際教養学部からマギル大学教養学部へ編入。大学卒業後に帰国し、メリルリンチ日本証券に入社。投資銀行部門において株や債券の発行業務、M&A業務に従事したが、激務に疲弊し、1年で退社。2011年、アルバイトとしてA.Y.Judieに加わり、その後正式にジョイン。