ダイバーシティ欠如が露呈した一斉休校
【牛窪】傾聴型の特徴は、多様な意見を取り入れて意思決定につなげることでもあります。しかし残念ながら日本の政府は、圧倒的にダイバーシティの側面が弱いですよね。日本は例年、ジェンダー・ギャップ指数(世界の男女格差指数)が100位より下ですが、政治・経済・教育・健康の4分野で、最も男女格差が大きいのは「政治」です。
【中野】現代の日本で意思決定権を持っている方は年配の男性であることがほとんどですよね。こうした「おじさま」がすべて悪いとは思いませんが、同じ属性の方ばかりのところで意思決定がされてしまう時に露呈してしまう弱点があり、それが、想像力に乏しくなってしまうということではないかと思います。一斉休校を呼びかけた際には賛否両論で、不満の声も聞かれましたね。
政策には「共感性」「想像力」が必要だと多くの人が指摘しているようなのですが、やはり均質性の高い集団が意思決定しているところには限界を感じます。政権にいる多くの男性は、「子どもに関することは、すべて奥さんに任せておけば、自分の知らないところで何とかしてくれる」という無意識の思考の型をお持ちだったのではないでしょうか。
【牛窪】2月末、政府が全国の小中学校に「臨時休校」を要請したこと自体、私は必ずしも悪い施策ではなかったと思います。少なくともあの瞬間、大人たちにも「行動変容しないとヤバいのかな」との空気が漂いましたから。
ただ、あまりに急で、多様な意見を聞かないまま進めてしまったことから、批判が高まったのでしょう。普段から、共働き女性の声にもっと耳を傾けていれば、学童保育や給食、ひとり親世帯をどうするかなど、課題となるポイントがすぐに浮かんだはずです。私の会社でも、要請が出る2週間ほど前から、「もし休校になったら、学童どうしよう」など、女性スタッフたちが声をあげていました。
この点、台湾のリーダーシップは非常に評価されていますよね。開校の9日前に中央感染症指揮センターが、春節休み開けの学校始業日を2週間延期すると発表。延期期間中、親や祖父母に仕事上の休暇を認めることも、同時に告知されました。開校までに全教育機関に対し、十分なマスクやアルコール消毒液も配布されたと言います。
「いつお化けが出てくるかわからない」恐怖
【牛窪】もう一つ、政府が見直すべきポイントは「情報発信」の順序やタイミングでしょう。マーケティングでは「お化け屋敷理論」がよく引き合いに出されますが、初期の段階では、いつどんな情報が出てくるか、会見の当日まで分からなかった。この状態だと、国民は「いつどこから、また怖いお化けが出てくることか」と、常にヒヤヒヤしなければなりません。まさにお化け屋敷を歩くのと同様、相当なストレスがかかったはずです。
でも途中から、「明日会見します」などと明かすようになった。これはいいことですよね。お化けのタイミングを予測できますから。
問題はお化けから救ってくれる「ヒーロー」の登場順、すなわち情報発信の順序と、「安心感(気分)」の醸成。ここはまだ改善の余地アリです。
例えば、安倍首相は4月2日、「1世帯あたりマスク2枚配布」を発表しましたが、本来なら3日に発表した「30万円給付」を、先に発表すべきだった。行動経済学的に、人間は最初に与えられた情報を基準に、次の情報を評価しやすいからです。
また、7日に緊急事態宣言の会見を行なった際は、東日本大震災の例を出すなど、国民に「感情」で団結を訴えました。でも、気分の良いときは物事の良い面が見えやすく気分の悪いときは物事の悪い面が見えやすくなる「気分一致効果」から考えると、国民が不安を感じているときに「感情」で団結を訴えても、あまり響かない。行動経済学では、感情より「気分」のほうが長く持続するとされるので、まずは不安を解消し安心感という気分を与えるところから始めないと、同じメッセージでも「非快感」と評価されてしまいます。ここは、もったいなかったと思います。
構成=大井 明子
立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。