なぜ、「儀式化」が必要だったのか
この一連のCMのキーワードを抽出するとすれば、「儀式化」ということになります。つまりアイスクリームを食べるという行為を儀式にすることによって、消費者に、「さあ、これからこの時間を楽しむぞ」と意識させようとしている。
もしこれが、意識しないままだとどうなるでしょうか。せっかくプチ贅沢をしようと買ってきたハーゲンダッツも、ややもするとネットの動画を見ながらなんとなく食べてしまい、気が付いたらなくなっている。
そうではなくて、「ああ、やっぱりハーゲンダッツっておいしいな」とか「ああ、幸せ」と感じてもらうための提案。それが「儀式化」ではないかと思います。
ご存じの通り、ハーゲンダッツはアイスクリームのなかでも価格が高い「プレミアム・アイスクリーム」というカテゴリーに分類される商品です。1984年にハーゲンダッツが日本に入ってくるまで、アイスクリームといえば50円~100円の「子供が食べるもの」でした。大人が食べるとしたら、家族みんなで食べるときだけ。それをハーゲンダッツは「大人がパーソナルに食べるもの」に変えようとした。そのためにはCMで、大人だけでアイスクリームを楽しむシーンを描く必要がありました。
そこでハーゲンダッツは、大人がおいしそうにアイスクリームを食べるところや、大人が自分のためのご褒美として食べるシーンをじっくり描くことで、「大人っぽさ」を打ち出したのです。なぜなら「楽しい!」とか「おいしい!」を強調しすぎると、たとえ大人が出演していても、どうしても子供っぽさが出てしまう。そうすると見ている消費者は無意識に、「それならスーパーカップでいいんじゃない」「ガリガリ君はガリガリ君で、おいしいよね」と思ってしまうからです。
求められるのは“高級”から“贅沢”へ
そんなふうにハーゲンダッツはこれまで一貫して「大人のための高級アイスクリーム」という特長を打ち出してきました。しかし最近、その「高級」の定義が少し変わってきたように思うのです。いわば「高級」というよりも、「贅沢」ということを主張するようになった。
いまは「高級=いい商品」とか、「お金がかかっている=ほしい商品」という時代ではありません。求められているのは「高級」ではなく「贅沢」。それでは何が贅沢かというと、モノやお金ではなく「時間」です。働く女性にとっていちばん贅沢なことは、スケジュールに追われることなく、自分だけのゆっくりした時間を持つこと。その時間を楽しんで幸せにひたるシーンを描くことで、ハーゲンダッツは贅沢なイメージを訴えることに成功したのです。