プレミアムアイスクリーム、ハーゲンダッツはCMにどんな工夫をこらしているのでしょうか。インサイトマーケティングを提唱する桶谷功さんが、最近の変化を読み解きます。
ハーゲンダッツ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/LordRunar)

ハーゲンダッツを食べることは大人の女性の「儀式」

プレジデントウーマン・オンラインをお読みのみなさん、初めまして、桶谷功といいます。

私たちにとって馴染み深い商品を例にとりながら、その商品やCMにこめた企業の狙いを読み解いていきたいと思います。商品開発やマーケティングなどのお仕事をしている方はもちろん、それ以外の方でも、「マーケティングとは何か」「どうすれば消費者の求めているものがつかめるか」が理解できるようになるはずです。

数年前のCMになりますが、女優の柴崎コウさんが出演するハーゲンダッツのCMを見たことがあるでしょうか。いろいろなバージョンがありましたが、私が特に「面白いな」と思ったのは、柴崎さんがハーゲンダッツを食べる前に、さまざまな準備をするシリーズです。

シチュエーションは一日の終わり。リラックスした部屋着姿の柴崎さんが自分の部屋の床にわざわざラグを敷き、その上に揺り椅子を運んできて置く。部屋の明かりを落としてキャンドルをつけてから、椅子に座ってうれしそうにハーゲンダッツを食べるというものです。そして最後に「この時間は誰にもジャマさせない」というナレーションが入る。

つまりハーゲンダッツを食べることが、大人の女性にとっての大事な「儀式」になっている様子をコマーシャルにしている。

ほかにも、「カップを指で押してみて、少し盛り上がるくらいが食べごろサイン」といって“とろけ食べ”を提案するシリーズもありました。冷凍庫から冷蔵庫に移して少し溶かすとか、食べる前にスプーンをお湯につけて温めるとか、「溶けるまでの時間も楽しみの一つとして味わう」ことを提案していた。

CMのキャラクターが柴崎コウさんから中条あやみさんに代わってからも、中条さんがお風呂でハーゲンダッツを食べているところへ、「ヘコんだ私を立ち直らせる小さな儀式」というナレーションが入るバージョンもありました。

なぜ、「儀式化」が必要だったのか

この一連のCMのキーワードを抽出するとすれば、「儀式化」ということになります。つまりアイスクリームを食べるという行為を儀式にすることによって、消費者に、「さあ、これからこの時間を楽しむぞ」と意識させようとしている。

もしこれが、意識しないままだとどうなるでしょうか。せっかくプチ贅沢をしようと買ってきたハーゲンダッツも、ややもするとネットの動画を見ながらなんとなく食べてしまい、気が付いたらなくなっている。

そうではなくて、「ああ、やっぱりハーゲンダッツっておいしいな」とか「ああ、幸せ」と感じてもらうための提案。それが「儀式化」ではないかと思います。

ご存じの通り、ハーゲンダッツはアイスクリームのなかでも価格が高い「プレミアム・アイスクリーム」というカテゴリーに分類される商品です。1984年にハーゲンダッツが日本に入ってくるまで、アイスクリームといえば50円~100円の「子供が食べるもの」でした。大人が食べるとしたら、家族みんなで食べるときだけ。それをハーゲンダッツは「大人がパーソナルに食べるもの」に変えようとした。そのためにはCMで、大人だけでアイスクリームを楽しむシーンを描く必要がありました。

そこでハーゲンダッツは、大人がおいしそうにアイスクリームを食べるところや、大人が自分のためのご褒美として食べるシーンをじっくり描くことで、「大人っぽさ」を打ち出したのです。なぜなら「楽しい!」とか「おいしい!」を強調しすぎると、たとえ大人が出演していても、どうしても子供っぽさが出てしまう。そうすると見ている消費者は無意識に、「それならスーパーカップでいいんじゃない」「ガリガリ君はガリガリ君で、おいしいよね」と思ってしまうからです。

求められるのは“高級”から“贅沢”へ

そんなふうにハーゲンダッツはこれまで一貫して「大人のための高級アイスクリーム」という特長を打ち出してきました。しかし最近、その「高級」の定義が少し変わってきたように思うのです。いわば「高級」というよりも、「贅沢」ということを主張するようになった。

いまは「高級=いい商品」とか、「お金がかかっている=ほしい商品」という時代ではありません。求められているのは「高級」ではなく「贅沢」。それでは何が贅沢かというと、モノやお金ではなく「時間」です。働く女性にとっていちばん贅沢なことは、スケジュールに追われることなく、自分だけのゆっくりした時間を持つこと。その時間を楽しんで幸せにひたるシーンを描くことで、ハーゲンダッツは贅沢なイメージを訴えることに成功したのです。

「ほぼ日手帳」と「ハーゲンダッツ」の意外な共通点

そういう意味でいうと、商品カテゴリーはまったく違いますが、ハーゲンダッツのCMと近い発想でつくられているのが「ほぼ日手帳」です。説明するまでもありませんが、「ほぼ日手帳」とは糸井重里さんの主宰するサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」が開発・発売した手帳で、根強いファンのいる大ヒット商品です。

普通、手帳は軽量化が大事ですから、少しでも紙の使用量を減らすために、見開き2ページに1週間分、あるいは1カ月分の予定が書けるようになっています。ところがほぼ日手帳は1ページに対してまるまる1日を割いている。ですからかなり分厚い手帳になっています。1日1ページもあると、単に予定を書くだけではスペースがスカスカに余ってしまいます。そこでほぼ日手帳は、その日の予定だけでなく、イラストを描いたり、チケットの半券を貼ったり、その日に考えたことを書いたりと、自由に使うことを提案しています。つまり、「ほぼ日手帳」とは、スケジュール管理をするための手帳とは対極にある存在。自分を振り返ったり、日々を楽しんだりするために使う手帳なのです。

「不思議の国のアリス」に、「なんでもない日、おめでとう」という言葉が出てきますが、ほぼ日手帳はまさにその「なんでもない日を大事にしよう」という発想でつくられています。特に何もなかった日でも、手帳を開いて今日一日を振り返る時間を持つことで、自分をねぎらう。そこがハーゲンダッツの「儀式化」と似ていると私は思います。

一番幸せを感じられるのはハーゲンダッツの何味か?

ところで自分をねぎらい、幸せを感じるための儀式には、ハーゲンダッツのどのフレーバーがふさわしいでしょうか。ハーゲンダッツにはそのときどきの季節限定フレーバー以外にも、ストロベリー、グリーンティー、クッキー&クリームなどいろいろな定番フレーバーがあります。そのなかでも「ああ、やっぱりハーゲンダッツ好きだわ」と思わせるものは、果たして何味か?

それはバニラです。なぜならほかの味が混ざっておらず、アイスクリームそのものの濃厚な味が味わえるから。「これはほかのアイスクリームとは違う」と認識しやすいバニラは、ハーゲンダッツというブランドを体験してもらうのに最も効果的。ですから「儀式化」のCMで使われているのもバニラですし、おそらくフレーバー別の売り上げも、バニラが圧倒的に多いのではないでしょうか。

私はよくスーパーの店頭で消費者がどんなふうに商品を選ぶかをこっそり観察しているのですが、若い人ほどハーゲンダッツのバニラを購入することが多い。おそらく限られた予算のなかで食べたことのない季節限定の商品に手を出すのは冒険すぎる。それよりは確実においしいバニラがいいと考えるのでしょう。

たまにスーパーがハーゲンダッツを安売りするときを狙って、まとめ買いをする方を観察していると、カゴに入れた10個のうち5個がバニラ、ということが何度かあります。おそらく現実のシェアもこれと近いのではないでしょうか。

マーケティングセンスはレジの行列でも磨ける

私はこんなふうにスーパーのレジの順番を待つあいだ、前に並んでいる人のカゴの中身をさりげなく観察するのが習性になっています。あまり褒められたことではないかもしれませんが、どうせ手持無沙汰だし、イライラしながら待つよりは、何がどういうバランスでカゴに入っているかを分析することは、マーケティングセンスを磨く格好のトレーニングになります。見ていると、人間はけっこうアンバランスな買い物をするものだということがわかってくる。

「こんなに高いお肉を買っているのに、カレールーはいちばん安い○○か。加工品に関してはまったく無頓着な、素材重視の人なんだな」

というように、だんだんその人の消費傾向が読めるようになってくる。

こんなふうにマーケティングセンスはいつでもどこでも磨くことができます。そうやって培ったセンスを、ぜひご自身のビジネスに生かしていってほしいと思います。