週50時間を超えると危ない
この研究では、同一個人に4年間にわたって、働き方やメンタルヘルスについて追跡調査したデータを用いています。つまり、業務内容や働き方の違い、ストレス耐性や性格の違いといった個人差に関係なく、週50時間を超えるとメンタルヘルスが悪化する人は多いという結果が得られたのです。
週50時間未満の場合は、労働時間の長さによるメンタルヘルスの違いが比較的小さいことから、週50時間はメンタルヘルスを健康に保つうえでの参考値になるはずです。
ところが、同じデータを用いた別の研究で、たいへん興味深い結果が得られました。「仕事の満足度」は、労働時間が週55時間を超えたあたりから上昇するということです(図表2)。この満足度は、残業手当が増えるなどの金銭的な効用ではなく、仕事から得られる達成感、自己効力感、職場で必要とされているという自尊心などを指しています。平たく言えば、週55時間を超える長時間労働は、本人にとっては、仕事が面白く、満足感や達成感が大きいということになります。
残業で得られる充実感は“認知の歪み”
2つの研究は同じデータを用いたので、一見すると、矛盾した結果が出たようにも観察できます。
■労働時間が週55時間を超えると、仕事の満足感は高まる傾向にある。
この2つが、働く個人のなかで同時に起こるということです。メンタルヘルスは悪化しながらも、気分は高揚している。いわゆる「ワーキング・ハイ」だろうと推察できます。
行動経済学の領域では、自分の健康に過剰な自信をもってしまう傾向(overconfidence)や、現在の状態が将来も継続されると考えてしまうバイアス(projection bias)が、人間には見られると指摘されています。いわば“認知の歪み”です。
私たちは働くときに、以下のことを意識するべきでしょう。
◎仕事の満足度を優先しすぎず、自分のカラダの声に耳を傾ける。
この2つを意識するだけでも長時間労働は是正され、日本の時間当たり生産性は高まるのではないでしょうか。
写真=iStock.com 構成=Top Communication
1994年、日本銀行入行、金融研究所にて経済分析を担当。一橋大学経済研究所助教授、同准教授、東京大学社会科学研究所准教授を経て、2011年4月より早稲田大学教育・総合科学学術院准教授、14年4月より現職。専門分野は労働経済学、応用ミクロ経済学。