データの裏に「働きアリ」
日本人の年間労働時間は、現在は1700時間前後でここ10年で見れば減少傾向にあります。1980年代後半までは2100時間でしたから、それに比べると年間の労働時間はかなり減ったように見えます。しかし現在の1700時間には、90年代以降に増加したパートタイマーなどの短時間労働者も含めた平均値となっています。フルタイムで働く男性社員では、現在でも年間の平均労働時間は2000時間を超え、かつて「働きアリ」「ワーカホリック」と呼ばれた働き方は、この30年間で実はほとんど変化しなかったことがわかります。
長時間労働の是正が本格的に進みだしたのはここ2~3年のことです。2019年4月に改正労働基準法が施行され、大企業では時間外労働の罰則付き上限規制が導入されています。これに先駆け、労働時間の削減に取り組む企業は多くありました。たとえば500人以上の事業所を見ると、フルタイムの男性社員で労働時間が週60時間を超える人は、2015年は13.6%だったのが、2018年は10.9%に減っています。この傾向は女性社員にも、また中小企業の社員も認められるので、日本全体で長時間労働を是正する動きがようやく始まったといえます。
長時間労働のリスク
働く人にとって、長時間労働がもたらす最大のリスクは、心身の健康を害することでしょう。労働時間が心身の疾患にどう影響するかについては、国内外で多くの研究が蓄積されてきました。
たとえばアメリカでは、週46時間以上の労働を10年以上つづけた人は、心血管疾患の発症リスクが高くなると報告した研究があります。イギリスの公務員を対象とした研究では、週55時間以上の労働に従事した人は、35~40時間労働だった人に比べ、大うつ病や不安障害の発症リスクが高まると報告されています。
私たちの研究でも、労働時間が週50時間を超えるあたりからメンタルヘルスが顕著に悪化するという傾向が認められました(図表1)。ストレスから「イライラする」「寝つきが悪い」などの自覚があるため、仕事の能率も悪く、生産性は低下していると考えていいでしょう。