片づけは思い出づくりの時間と考えてもらう

「母は3年前に亡くなりました。もちろん、いろいろな思い出がありますが、不思議なことに、いちばん印象に残っているのは、一緒に実家を片づけたときに見た母の笑顔なんです。昔を思い出しながら話す母の表情はとても穏やかで、本当に久しぶりに心が通い合ったと思える瞬間でした。もし、あの時、家の片づけをしなかったら、親子で触れ合える時間もなかったと思うので、やっておいてよかったと思います」

保坂隆『精神科医が教える親のトリセツ』(中公新書ラクレ)

この「母」とは、亡くなった私の知人の女性のこと。久しぶりにお会いした彼女の娘さんが、こんな話を聞かせてくれたので、本来なら悲しいはずのお別れの場が、とても和んだのを覚えています。

今までにも話してきたように、家の片づけは親と一緒にすることが必須です。これは、不満や後で喧嘩になることを避けるためなのですが、一緒に片づけることによって、「大切なモノを捨てなければならない」というマイナスを、「久しぶりに思い出を語り合える機会」というプラスにすり替えることができるわけです。

モノにまつわる思い出を振り返る

「すり替える」と言ってしまうと、年老いた親を騙しているようでちょっと気が引けるかもしれませんが、たとえ親子とはいえ、時間に追われる日常生活の中で思い出話をする機会は滅多にないものです。でも、「片づける」という名目で懐かしい品々を掘り出して吟味すると、親子で昔のことを語り合うよい機会になると思うのです。前出の娘さんも次のような昔話を聞かせてくれました。

「これ覚えてる? ほら、私の小学校の入学式のとき、お姉ちゃんと色違いで買ってもらったバッグよ。でも、私はお姉ちゃんのピンクのバッグが欲しくって、じゃんけんして取り合ったんだよね。結局、お姉ちゃんにピンクを奪い返されて、悔しくて泣いちゃったのよね」
「本当にあんたたちよく喧嘩してたわね。お揃いの服を買ってきても必ず取り合いになって。歳が近いせいか、姉妹というよりライバルって感じだったわね」
「これ、私が持って帰っていいかな?」

と、笑顔でこんな会話をしたそうです。娘さんが、このバッグを後で処分したかどうかまでは聞けませんでしたが、少なくとも実家からモノを減らすことができたことだけはたしかです。

こんなふうに思い出を語り合いながら片づけを進めてみてはいかがでしょうか。

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保坂 隆(ほさか・たかし)
精神科医

1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』(大和書房)、『精神科医が教えるちょこっとずぼら老後のすすめ』(海竜社)など多数。