この世に必要のない命なんてない

ホームレスにしても引きこもりや生活保護受給者にしても、心がとてもナイーブな人が多い。こっちは間違った行動に対して「そうじゃないよ」と指摘したつもりが、彼らは「お前はダメだ」と人格を否定されたように感じてしまうことが多々ある。だから、彼らに注意をするときは、「それはダメ」という否定ではなく、「そうやるより、こうやったほうがいいよ」というアドバイスをするようにしている。そして、行動の注意はしても、本人の性格や考え方は絶対に責めないことも大事だ。

そういう彼らの心のクセを知っていた私は、彼に伝わるよう言葉を選びながら言った。

「農家さんが“もういい”と言ったのは、“この作業から外れてもいい”という意味だと思うよ。“この世に必要ない”なんて言ってはいない。もし農家さんが本当に“お前なんか、この世にいるな”という意味で言ったのだったら、それは絶対に間違いだから、私が農家さんに吉田さんに謝るように言いに行ってあげる。もし仮に世界中の70億人が“お前なんか要らない”と言ったとしても、あなたは“僕は僕が必要だと言えばいいんだよ。そうすれば、最低でもあなたを必要としている人が1人はいる。自分で自分を要らないなんて言わないで。誰もが意味があって生まれたのだから、この世に必要ない命なんてないんだよ」

彼は大声で泣きじゃくった。「初めてそんなふうに言ってくれる人に出会った。少しだけ自分のことを大事に思える気がする」と。

吉田さんの夢

彼のその言葉を聞いて、私は自分の言葉が彼の心に届いたと感じた。「彼の心が少しでも楽になってよかった」と。ただ、その安堵の反面で、「私は心に傷を持った人たちを相手にしているんだな」と改めて実感し、「私も本気で彼らにぶつからなければ」と今一度、腹をくくり直した。

結局、彼が再び同じ農家さんのところに行くことはなかったが、その日以来、少し彼の雰囲気が変わった。表情が柔らかくなり、心の内を話してくれるようになった。彼には夢があるそうだ。

「いつか好きな人とごはんを食べて、笑い合いたい」

私が「今の吉田さんなら叶うよ。プロ野球選手になりたいって言うなら叶わないから止めるけど」と言うと、「そうだったらいいな」と笑った。その笑顔を見て、私は本当に彼の夢がいつか叶うといいと思った。

吉田さんはその後、支援団体の協力で別の就職が決まった。今は、ある企業の清掃員として毎日頑張って働いている。