真面目で手抜きしない働きぶり

それほど深い心の傷を負っていても、彼は根が真面目で、目の前の仕事から逃げるようなことはしなかった。性格的に根気のいる作業にとても向いていた。マイペースではあるものの、遅刻もなくサボりや手抜きもない。チームでの作業は苦手だが、自分から輪を外れることはしないし、基本的に畑仕事は1人でもできることが多いので、さほど問題にならなかった。

そんな彼を見込んだ私は、近くの農家さんに彼を紹介した。「とてもいい働き手だから、アルバイトでもインターンでもいいから一度仕事をさせてみていただけませんか?」と。気心の知れた農家さんだったので、「じゃあ、一度おいで」ということになり、吉田さん本人もその気になった。

約束の日、吉田さんが時間通りに農家さんの畑に行ったことを確認して私は安心した。緊張はしていたようだが、それは慣れれば大丈夫だと思った。だが、しばらくして、まだ作業中のはずの彼が私の元に戻ってきたのだ。

農家でのトラブル

「仕事はどうしたの?」

理由を聞くと、彼はポツリポツリと重い口を開いて何があったか話してくれた。どうやら農家さんに指示された作業を手間取ったか、間違ったかしたらしい。そこで、農家さんから「もうお前はいい」と言われたようだ。それを「自分はもうここには要らない。この世に存在しなくていい」という意味に理解した彼は、職場を放棄して逃げて帰ってきたのだった。

農家さんの肩を持つわけではないが、仕事というのはある程度のクオリティーやスピード、効率のよさが求められる。それができないと雇うほうも困ってしまう。ミスや不手際を挽回できなかった彼がダメ出しされたのはある意味で仕方のないことだ。

しかし、その一方で、農家さんの言葉がきつすぎた面もある。農家さんとしては悪気はなく、思ったことをパンッとストレートに口に出してしまっただけなのであろう。

しかし、親から「要らない子」と言われ殴られ続けた彼が、「もうお前はいい」という否定の言葉を受けてどれほどショックだったか。

ただ、おそらく農家さんの「もうお前はいい」という言葉は、「こっちはいいから、ちょっとあっちに行っていろ」の意味だったのだと思う。決して彼の存在そのものを全否定したつもりはなかったはずだ。