デビュー後、約10年間で通算600勝を超える成績を上げ、韓国の釜山競馬場での騎乗経験も持つ。2011年に1度引退し、育児に専念していたが、16年、再び地方競馬の騎手免許を取得して復帰を遂げた。

現在、通算700を超える勝利数は、全国の女性騎手の中では最多。出産後に復帰した女性騎手も、宮下さんのほかにはいない。

彼女を再びレースの場に駆り立てたのは、当時3歳だった長男だ。「自宅にあった私の騎手時代の写真を見て、『これ、誰?』と聞いてきて。『ママだよ』と答えたら、『僕も見てみたい!』って」

もう1度、騎手として馬に乗りたい――。それは、2人の子を持つ母親として、口にしてはいけないと抑え込んできた感情だった。

「引退後は母親として頑張るんだと切り替えて、子どもたちにも騎手をしていたことは1度も話していませんでした。でも、息子の一言を聞いて、ああ、私はやっぱりもっと馬に乗りたいんだなって」

だが復帰の意向を周囲に話したところ、「もう子どももいるんだから……」と反対する声が圧倒的に多かった。かつて活躍した女性騎手たちもみな、結婚・出産後には完全に引退している。弱気になりかけていた彼女を救ったのは、当時、すでに韓国に赴任していた夫・信行さんだった。

「別に、いいんじゃないの?」

電話越しに聞こえてきた、意外なほどあっさりしたその言葉で、スイッチが入った。

若い頃は、自分が勝つことしか考えていなかった

「騎手免許の試験を受ける前、リハビリを兼ねて厩務員の仕事を1年間経験したんです。そのおかげで、競馬との向き合い方が変わりました」と彼女は続ける。

「若い頃は、自分が勝つことしか考えていなかったんです。女性騎手はよくも悪くも目立つ存在。負けが続くと、『だから女の騎手はダメなんだ』と評判が下がったり、『もう彼女は(自分の馬には)乗せないでくれ』と馬主から告げられることもありました」

そうならないよう、誰よりも早く起き、一頭でも多くの馬を調教し、所属する厩舎の調教師からの信頼を得るように努めた。そして、レースで結果を出すことだけを考えて、突っ走ってきたのだという。

だが、競走馬がレースに出走するまでには、調教師や厩務員の日々の仕事があり、それぞれの馬にはオーナーの思いも込められている。

「最後に騎乗する自分がしっかりしなければ、と意識するようになってから、馬のコンディションには今まで以上に気を付けるようになりましたね。レースの展開を予測して、必要以上に強引に前に出たり、馬に無理をさせたりもしなくなりました」