サザエさん症候群を撃退する方法

【茂木】特に普段「感情労働」をしている人は、そこから解放されることが脳の休息になります。それができずに休暇最終日を迎えると、明日からまた仕事だ……と憂鬱になる。日曜の夜にブルーになることを、アニメ番組『サザエさん』の放送時間になぞらえて「サザエさん症候群」と呼ぶそうですよ。

【山本】仕事中の状態を引きずったまま休日を過ごしたら、そうなるのもわかりますね。仕事開始に向けてリフレッシュできていない、つまりうまく休めていないんだと思います。

【茂木】日曜の夕方に家で『サザエさん』を観ていたとしたら、平日と同じようなスケジュールで帰宅したか、もしくは1日中家にいたのかもしれない。上手に休息できなかった可能性は高いんじゃないかな。体を休めたつもりでも、そのあいだ仕事のことが頭から離れなかったら脳のメンテナンスはできません。大事なのは、仕事とまったく違う体験に没入すること、人の目を忘れてボーッとすること。自然の中に行けば、これらが一挙に叶えられますよね。

【山本】半ば強制的にそうなりますね(笑)。自然の中に入ると、頭で考えるより先に目に入るもの、肌に触れるものが感覚に訴えかけてくるようになる。僕の場合は、食事も普段よりおいしく感じます。単純に、体を動かすからお腹が空くっていうこともあるんですけど、自分では五感が活性化するのかなと思っています。でも人間って、それが本来の姿なんじゃないかな。普段はいろんなことに忙殺されて感じにくくなっているだけで。

【茂木】その感覚、よくわかります。意外かもしれませんが、僕もアウトドア体験は結構豊富なんですよ。子どものころからよくキャンプや登山を楽しんでいましたし、大人になってからも学会で行った先で自然の中へ出かけたりしています。以前、アリゾナで砂漠の中をひたすら歩くっていう体験をしたんですが、何ともいえない心地よさに包まれて、すごく幸せな時間でした。

【山本】自然の中に行くと、なぜかみな幸せそうな表情になりますね。例えば登山でも、怒りながら山を登っている人はいないし、人とすれ違ったら笑顔で挨拶したりしているでしょう。それって、単純に気分がいいからだと思うんです。幸せってそんな遠いものじゃなくて、自然体験みたいな小さなことでも意外とかみしめられるもの。普段ストレスの多い人ほど、休日にはぜひそんな体験をしてもらいたいですね。

茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者。1962年、東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。第4回小林秀雄賞受賞の『脳と仮想』(新潮社)、第12回桑原武夫学芸賞受賞の『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)、『脳を使った休息術』(総合法令出版)など著書多数。
山本 貴義(やまもと・たかよし)
そとあそび研究家。アメリカ・ワイオミング州にあるグランドティトン国立公園の大自然に感銘を受けたことをきっかけに、2004年7月、アウトドアレジャー専門予約サイト「SOTOASOBI(そとあそび)」を創設。現在も、年間100日はアクティビティを取材する日々を送る。

構成=辻村洋子