取締役への昇格、最初の感想は「無理!」

50代に入ると、マーケティング本部から研究開発本部へ異動。およそ20年ぶりに、今度は部長として研究職に復帰する。製品をゼロから生み出す現場で皆を引っ張っていけるのかと不安だったそうだが、30代で培った医療知識や医師とのネットワークが役立った。力石さんは、部下の研究員を医療や基礎研究の場へ積極的に派遣。自社の研究力の底上げに大きく貢献した。

その後、再びマーケティング本部に戻って商品企画担当部長に。市場ニーズの調査を任され、女性たちの「加齢臭が気になる」という声から、30代の女性担当者や企画のメンバーと一緒にボディソープ「デオコ」を誕生させた。この時期、子育てはひと段落していたものの、義母の介護でまたしても両立に奮闘。仕事への意欲も下がりかけたが、製薬メーカーが中途半端な製品を出すわけにいかないという自負が支えになった。

そして2018年、取締役に就任。これまで多くのプロジェクトを成功させてきたものの、経営に関心を持ったことはなかった。社内では初の女性役員で前例もなかったことから、打診されたときは「無理!」と思ったという。

「でも、せっかくチャンスを与えてもらったわけですし、吉野俊昭前社長(故人)からも『お前の背中を見て育つ人がいるんやで』と言われて、受けたほうがいいのかなと思うようになりました」

社外取締役の女性からも「女性役員は1人目は大変だが、2人になれば企業風土になり、3人になれば影響力を持つ。だから頑張って」と励まされた。振り返ってみれば、出産後に復帰したときも周囲に前例はいなかった。それが今では産休・育休制度があり、育児休業後の復職率はほぼ100%だ。「私が変化を起こすきっかけになれたら」と、心が固まった。

後に続く女性たちのために自分も成長を

ただ、役員になったことで、再び“頑張りすぎ”ゆえの失敗が。「会社のことは全部知っておかなきゃ」という焦りから、全部署の報告書に目を通し始めた力石さん。当然、寝る暇もなくなり、心身ともに疲れ果ててしまった。

「パタッと動けなくなっちゃって……そりゃそうですよね(笑)。だから一旦リセットして、仕事のやり方を変えることにしました。報告書を全部読むのはやめて、わからないことがあれば現場と直接話すようにしたんです。そのほうが早いし改善にもつながりやすい。役員になっても、自分ができる範囲でやればいいんだなと実感しました」

喜びを感じる出来事もあった。ある日、社内を歩いていると、女性社員に「役員になってくれてうれしいです」と声をかけられたのだ。初の女性役員の誕生は、ロート製薬で働く女性たちにとっても大きな励みになっている。「だから負けたらあかんな」と明るく笑う力石さん。後に続く女性たちのためにも、これからも勉強と成長を重ねていく。

役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
和協努力(わきょうどりょく)
「入社当時の社是でした。皆で協力し努力し合うという意味で、私の原点になっています」

Q 趣味
テニス、卓球、旅行

Q 愛読書
『空飛ぶタイヤ』池井戸潤
『「公益」資本主義』原丈人

Favorite Item
バッグ、財布、名刺入れ
「このブランドのアイテムは大のお気に入り。娘とおそろいでセットで使っています」

 
力石 正子(りきいし・まさこ)
ロート製薬 取締役 プロダクトマーケティング部部長
大阪大学薬学部卒業。1981年ロート製薬入社。目薬「Vロート」「リセ」、妊娠・排卵日予測検査薬「ドゥーテスト」、スキンケアシリーズ「オバジ」などの開発・発売に携わる。研究開発部、製品情報部、マーケティング本部、研究開発本部を経て2018年より現職。

文=辻村洋子 写真=ヒダキトモコ