講義はじめの20分はプレ授業からスタート

始業時間ちょうどにドアを開けると、エプロン姿の女性が、ブレンダ―に野菜を入れていて、その様子を、教授の廣瀬祐子さんを含む8名が、丸机を囲むように座りながら見ている。一体何をしているのだろう。

ガガッゴゴッ……ブレンダ―の中ですり潰され果物や野菜が混ざり合っていくと、最初はいびつだった音が、どんどん滑らかになっていく。音が均一になったところでスイッチが切られ、私を含む全員に、野菜の香りが広がるフレッシュなグリーンスムージーが配られた。

「これにはイチゴとグレープフルーツが入っています。あと……」スムージーを作った女性が話しはじめると、廣瀬さんが一言。

講義「小さな教室をひらく」 教授 廣瀬祐子さん

「何の野菜が入っているかは、説明するより、参加者に当ててもらうほうが楽しいと思います。あと今の感じだと、ワークショップが10分くらいで終わっちゃいますが、もっと他に工夫やコンテンツを用意しているのでしょうか?」

受講生がプレ授業のために作成した資料

なんと、このスムージーのサービスは、受講生のひとりが、今後開きたい教室をみんなの前で実践するプレ授業の一つだったのだ。毎回講義のはじめに20分、このような時間を設け、みんなで意見を述べ合うことにしているらしい。「たくさんの意見に触れることで、教室の内容をより実践的に洗練させることが狙いです」とのこと。

らしいアウトプットに重要なのは「人生の棚卸し」

教授の廣瀬さん(左)とキュレーターの花村えみさん(右)

教授の廣瀬さんは、日本で初めてキャンドルづくりの専門教室をつくり、「キャンドル教室」を根付かせた人物。取材日前に「なぜ、講義『小さな教室をひらく』を始められたのですか?」と問い合わせると、「働く女性を応援したいという気持ちが昔から強くって。自分の経験や能力を生かして女性たちの社会進出を応援するには、女性が興味を持ち、スキルを身に着けられそうな教室をひらくのがいいかなと思って始めたんです」との答えが返ってきた。

これまで、多くの受講生に出会い、たくさんの悩みに向き合ってきた廣瀬さん。「自分らしさを生かして、誰かの役に立つ教室を開くには、まず“自分自身を知ること”が大切。そのためには人生の出来事を振り返って、棚卸しをしてみるのがおすすめです」

そんなお話から始まった第3回目の講義はまさに、「自己を知るための棚卸し」と、それを踏まえた、説得力のあるプロフィールシートの作成がメインだった。

「自己を知るための棚卸し」は、2人1組のペアで行われる。みんなの様子を見るために移動しようとしたところ、廣瀬さんから声がかかった。「よかったら私とやりませんか?」。ペアになった者同士が話すべき議題はあらかじめ配られた用紙に記載されている。1つ目の質問は「あなたを変えた3つの出来事は?」だ。

「せっかくだから当て合いっこしましょう。人生でターニングポイントになった年を3つ教えてください」と廣瀬さんが私に尋ねた。

「13歳、23歳、27歳でしょうか……」緊張しながら答える。

「13歳ということは中学生。思春期だから学校か家族の人間関係にまつわる出来事でしょうか?」正解だ。「正解? やったー! 次は23…大学生か。(しばらく考えて)……恋愛かな?」これも正解。「やったー! 最後は27か。過去2回とも人間関係のことだから、きっと次もそうですね……わかった、自身のことですね。独立した年ですか?」全て正解! 数字の情報しか提供していないのに……。

思春期真っただ中の13歳の頃に、家族との関係がうまくいかなくなったことから、外に居場所を求め、イベント企画やブログを通じた発信を活発にするようになったことなど、それぞれの時期の具体的なエピソードを話すと、廣瀬さんから「行動を起こす時は、ストレスの臨界点を超えた時ですね。ストレスからの解放が、大きく力を発揮するモチベーションなのかもしれません」との的を射た分析。

就職活動では自己分析に苦労したものだが、10分足らずのやり取りの中で、自覚していなかった自らの行動指針を教えられることになるとは。まわりを見渡すと、みんな熱い表情で、お互いの人生の棚卸しに耳を傾けている。自分の過去には、今後の道を指し示す道標が隠れているのだ。