実践的な学びを得る場・大人の学び舎「自由大学」
その名も「自由大学」。2009年6月に東京・世田谷区池尻に開校された大人の学び舎だ。(2014年より現在の表参道へ移転)。1回90分・全5回で学ぶ講義スタイルで、働き方や生き方をテーマにした、様々な講義が行われている。どの講義も、テーマになっている働き方や生き方に実績のあるプロが教授となって、受講生に専門的なスキルを身に付けさせることに徹した講義が行われている。
後編では講義「小さな教室をひらく」への参加レポートをお届けする。(前編はこちら)
自分の経験を生かして「小さな教室をひらく」
講義「小さな教室をひらく」は、「料理教室」や「英会話教室」など、人が集まる「教室(=学び場)」を開くための実践的なノウハウを身に付けるための授業が行われる。「小さな」は、拡大を目指す前段階の規模を指すのではなく「自分の経験を生かして、想いを十分に行き届かせることができるサイズの教室をひらこう」という想いを表現している。講義を通して、単に教室を開くノウハウを教えるだけでなく、受講生それぞれの「私だから作れる」オリジナルな教室の内容を一緒に考えるのだそうだ。
一体どうやって「私だから作れる“学び場”」を5回の講義の中で目に見える形にしていくのか……? 特別にお願いして、第3回目と5回目の講義に参加させてもらい、その答えを探ってみた。
講義はじめの20分はプレ授業からスタート
始業時間ちょうどにドアを開けると、エプロン姿の女性が、ブレンダ―に野菜を入れていて、その様子を、教授の廣瀬祐子さんを含む8名が、丸机を囲むように座りながら見ている。一体何をしているのだろう。
ガガッゴゴッ……ブレンダ―の中ですり潰され果物や野菜が混ざり合っていくと、最初はいびつだった音が、どんどん滑らかになっていく。音が均一になったところでスイッチが切られ、私を含む全員に、野菜の香りが広がるフレッシュなグリーンスムージーが配られた。
「これにはイチゴとグレープフルーツが入っています。あと……」スムージーを作った女性が話しはじめると、廣瀬さんが一言。
「何の野菜が入っているかは、説明するより、参加者に当ててもらうほうが楽しいと思います。あと今の感じだと、ワークショップが10分くらいで終わっちゃいますが、もっと他に工夫やコンテンツを用意しているのでしょうか?」
なんと、このスムージーのサービスは、受講生のひとりが、今後開きたい教室をみんなの前で実践するプレ授業の一つだったのだ。毎回講義のはじめに20分、このような時間を設け、みんなで意見を述べ合うことにしているらしい。「たくさんの意見に触れることで、教室の内容をより実践的に洗練させることが狙いです」とのこと。
らしいアウトプットに重要なのは「人生の棚卸し」
教授の廣瀬さんは、日本で初めてキャンドルづくりの専門教室をつくり、「キャンドル教室」を根付かせた人物。取材日前に「なぜ、講義『小さな教室をひらく』を始められたのですか?」と問い合わせると、「働く女性を応援したいという気持ちが昔から強くって。自分の経験や能力を生かして女性たちの社会進出を応援するには、女性が興味を持ち、スキルを身に着けられそうな教室をひらくのがいいかなと思って始めたんです」との答えが返ってきた。
これまで、多くの受講生に出会い、たくさんの悩みに向き合ってきた廣瀬さん。「自分らしさを生かして、誰かの役に立つ教室を開くには、まず“自分自身を知ること”が大切。そのためには人生の出来事を振り返って、棚卸しをしてみるのがおすすめです」
そんなお話から始まった第3回目の講義はまさに、「自己を知るための棚卸し」と、それを踏まえた、説得力のあるプロフィールシートの作成がメインだった。
「自己を知るための棚卸し」は、2人1組のペアで行われる。みんなの様子を見るために移動しようとしたところ、廣瀬さんから声がかかった。「よかったら私とやりませんか?」。ペアになった者同士が話すべき議題はあらかじめ配られた用紙に記載されている。1つ目の質問は「あなたを変えた3つの出来事は?」だ。
「せっかくだから当て合いっこしましょう。人生でターニングポイントになった年を3つ教えてください」と廣瀬さんが私に尋ねた。
「13歳、23歳、27歳でしょうか……」緊張しながら答える。
「13歳ということは中学生。思春期だから学校か家族の人間関係にまつわる出来事でしょうか?」正解だ。「正解? やったー! 次は23…大学生か。(しばらく考えて)……恋愛かな?」これも正解。「やったー! 最後は27か。過去2回とも人間関係のことだから、きっと次もそうですね……わかった、自身のことですね。独立した年ですか?」全て正解! 数字の情報しか提供していないのに……。
思春期真っただ中の13歳の頃に、家族との関係がうまくいかなくなったことから、外に居場所を求め、イベント企画やブログを通じた発信を活発にするようになったことなど、それぞれの時期の具体的なエピソードを話すと、廣瀬さんから「行動を起こす時は、ストレスの臨界点を超えた時ですね。ストレスからの解放が、大きく力を発揮するモチベーションなのかもしれません」との的を射た分析。
就職活動では自己分析に苦労したものだが、10分足らずのやり取りの中で、自覚していなかった自らの行動指針を教えられることになるとは。まわりを見渡すと、みんな熱い表情で、お互いの人生の棚卸しに耳を傾けている。自分の過去には、今後の道を指し示す道標が隠れているのだ。
何故これをするのか? 何がしたいのか? 問い続けること!
「何故これを自分がする必要があるのか? 何をしていきたいのか? 何故? を相手にたくさん聞いてくださいね」。他人から質問を受けながら進めることで、新たな発見があると、廣瀬さんから棚卸しのコツが話された。
受講生たちは引き続き、「3つの出来事の掘り下げから見えてくるあなたのビジョンは?」「あなたにしか提供できない価値って?」と、交互にテーマに沿って話すことで、自己の棚卸しを深めていく。
「じゃあそこまで。今ペアの人に話したことを踏まえ、自分のプロフィールをアップデートしてみてください。経験や事実に基づいたプロフィールには説得力が生まれ、必要な縁を繋いでくれるようになりますよ」。最後に完成したプロフィール文を、再度ペアの相手と交換し、お互いに赤入れをし合う時間が設けられた。
「あなたの魅力は、こっちじゃない?」どのペアも、お互いに相手のことを親身に思いやりながら意見を述べ合う。議論は尽きないまま、第3回目の講義が終了した。
最終講義は受講生の発表会! 継続的なアウトプットで、より良いアウトプットを生む
数日後、最終講義で行われる受講生の発表会を見るために、再度自由大学を訪れた。始業より少し前にドアを開けると、発表会前にもかかわらず、みんなにこやかな表情で雑談をしている。
発表会が始まると、個性的でユニークな企画と手の込んだプレゼン資料が、次々に披露されていく。前回、グリーンスムージーのプレ講義を行った女性は、発表会でも、家で作ってきたというスムージーを配った。
みんなが一口飲んだあと「さて、何が入っているでしょうか?」と当てっこゲーム。「りんご!」「グレープフルーツ!」「柚子?」「わかった、伊予柑!」「正解~!」。前回のフィードバックを踏まえ、講義内容が修正されていた。
資料の中に記載されたプロフィールを読むと「静岡の農家で育ったことで、幼少期から“自然の味をそのまま頂くことのおいしさ”を日常で体感し、育つ」と書かれている。今後開きたい教室案は「地域野菜を使ったグリーンスムージーWS(ワークショップ)イベント」だそうだ。バックボーンとやりたいことが重なっていることから、説得力と本気の思いが伝わってきて、心から応援したくなった。
他の発表も、紙芝居で行ったり、自らの企画する学び場を紹介する架空の新聞記事を作成してきて読み上げたり、それぞれに工夫がこらされている。取り組みが拡散されやすいように、造語を作って、興味深い教室名を発表した生徒もいた。しかも発表された教室案のうち2つは、既に受講生間で食材や場所などのリソースを出し合い、近日開催されることが確定しているというので、驚かされた。
完成度の高い発表内容に私は、ひたすら感心していたが、廣瀬さんからは、「数字や実績を載せましょうか。これだと多分、企画が通らず実現しない」など、最後まで妥協のない駄目出しが行われた。発表者もそれぞれに真剣にメモを取り続け、こうして全6回の講義が終了した。
「全てのワークショップが高い完成度でした。何故そうなったかというと、みんなが他人の企画に感想や意見を言い合ったからです。仲間の可能性におせっかいを焼く練習をしていると、自分の可能性にも気づきやすくなりますから、これからも、誰かのためのアウトプットを継続してください。継続の中で重ねる試行錯誤や出会う人たちは一生の財産になり、この先の自分の生き方をより望ましい方向へと導いてくれますよ」
最後に話された廣瀬さんの言葉には強い説得力があった。
前編で受講した「自分の本を作る方法」と、今回の「小さな教室をひらく」を通して学んだのは「アウトプットの大切さ」だった。それは本づくりや、イベントや教室を企画する時だけでなく、職場で開かれる会議や、SNSを通じた発信など、日々のコミュニケーションのどの場面でも生かせる学びだった。発信には勇気もいるが、発信を恥ずかしいと感じるうちは、自分のための発信しか出来ていない証拠だろう。
自分の弱さや失敗を、誰かの背中を押すためにあえて話してみたり、誰かの意見に「私はこう思います」と積極的に意見を出してみたり。日々地道に、誰かのためのアウトプットを積み重ねること。それこそが、仕事やプライベートで「誰かの役に立ちたい」想いを叶え、自分自身の向上にもつながっていくのだろう。今回受講した二人の教授の本気の講義内容から、つくづくそう実感させられたのだった。